「メイドロイドは誕生日の夢を見るか」
「はぁ、まだでしょうか」
小さな児童公園のブランコに座りながら渚はため息をついた。
閑静な住宅街の公園にうかない表情の見た目は17、8歳の少女がいる。それ自体はとりたてておかしなこともないのだが、その格好はいささか風変りなものだった。彼女は紺のワンピースにフリルのついたエプロン――いわゆるメイド服を着用していたのだ。
少女の名前は渚。人間のようにしか見えないが、彼女は高性能汎用家政婦機械人形(メイドロイド)型式JAP―H401S、炊事洗濯、介護から要人警護までこなす日本の誇る最先端技術の結晶だ。彼女の名前は1年ほど前に来た高倉家でつけられたものだ。
渚は交通事故で母親を亡くした少年、貴志の世話をするために貴志の父親である高倉正志によって購入された。すぐに再婚する意志も相手もなく、しかし毎日仕事で遅くなる自分の代わりに小学生の息子の面倒を見てくれる存在が必要だった正志はメイドロイドを買うことにしたのだ。高性能ゆえに高価ではあったが、妻の生命保険と慰謝料で足りない分はローンを組んで、そして渚は高倉家にやってきた。
そんな渚は高性能ぶりをいかんなく発揮してこれまで一生懸命奉仕してきた。貴志に対しては時には母親、時には姉のように面倒をみることで、最初はふさぎこんでいた貴志もいつしか笑顔を見せるようになっていた。
それなのに、
「6時になるまで家の中に入っちゃダメだなんて、私、何か貴志様に気に障るようなことをしてしまったのでしょうか?」
つぶやいてメモリーを検索するが、ここ最近で何か問題となるような行動をした記録はない。強いて挙げるなら昨日の晩御飯のハンバーグに貴志の嫌いな人参をすり潰したものを混ぜ込んでいたぐらいのものだが、その時は美味しそうに食べていたのだから気付かれていないはずだ。
何かヒントになるようなことがないか渚は、貴志が家に帰ってきた時のメモリーを再生した。
「ただいま〜」
「おかえりなさいませ、貴志様」
玄関のドアを開く音と同時に元気よく飛び込んでくる貴志。いつもどおり渚はリビングから出て出迎える。
貴志が渚に向って言う。
「あ、渚ちゃん。悪いんだけど、ちょっと外で時間つぶしてきてよ」
「ちょっと、とはどのぐらいでしょうか? それに私には仕事があるので時間をつぶすというのは……」
渚が尋ねると貴志は笑顔で言った。
「いいから! 図書館で本を読むとか公園でのんびりするとか何でもいいよ。それじゃあ、えっと……6時になったら帰ってきていいよ! それまでは絶対に帰ってきちゃダメだからね!」
貴志が背中を押すままに靴を履いて渚が玄関を出ると目の前でドアが閉められる。
「やはりわかりませんね……」
8度目のメモリー再生は今回も徒労に終わった。暇つぶしという行動概念のないメイドロイドとして、とりあえず言われるがままに公園に来てはみたものの、特にすることもないのでこうして突然のこの仕打ちの原因究明に努めているが、成果は芳しくない。
体内時計では時間はあと30分ぐらいある。公園から高倉家までは5分ほどなのでまだ帰るには早い。感情表現も可能な高性能メイドロイドである渚は再びため息をついた。
その時、公園の入口から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あ、いたいた〜! お〜い、渚ちゃ〜ん!」
渚が顔を向けると手を振りながら女の子が駆け寄ってきた。
「あ、由香さん。こんにちは」
女の子の名は石原由香。高倉家の隣家に住む少女で、貴志様のクラスメイトで幼馴染と呼ばれる関係にある。勉強や料理などは苦手だがスポーツは得意なショートにした髪が似合う活発な子だ。一人称が僕なら典型的な「ボクっ娘」だが、現在までの会話内容では未確認――データベースから一瞬で情報を引き出した渚は由香に挨拶した。
すると由香はまだブランコに座ったままだった渚の手を引っ張って立たせた。
「さ、いつまでもこんなとこにいないでさ! ねっ、お家に帰ろ!」
「いえ、私はまだ家に帰ることができないんです。貴志様が6時まで家に入ってはいけないとおっしゃったので……」
戸惑う渚を由香はさらにぐいぐいと引っ張りながら言った。
「そんなの無し無し! 貴志が渚ちゃんを呼んできてって言ったから迎えに来たんだよ!」
「本当ですか?」
「本当だって! わかったら早く行こっ!」
そして由香に強引に引きずられるようにして渚は高倉家の前まで帰ってきた。
ドアの前に立った渚は逡巡した。言いつけに背いて帰って来て本当に良かったのだろうか。命令のキャンセルがあったということだが、そもそもの原因がはっきりしていない以上はとても楽観視できない。
「なーに、突っ立ってるの? 早く、早く!」
「え、ええ」
由香にせかされて渚は玄関のドアノブに手をかけた。
ゆっくりと開いていくドア。そしてドアが完全に開き切る寸前、突如家の中から立て続けに乾いた破裂音が響いた。
(撃たれた!?)
とっさの判断で空いた左手で由香を引き倒しながら、由香に覆いかぶさるように身を伏せた渚が見たのは、クラッカーを手にして呆気にとられている貴志の姿だった。
「……え〜っと、おかえり、渚ちゃん」
「ただいま戻りました。貴志様」
うつぶせの姿勢から答えた渚の下からくぐもった声がもれる。
「お、重い〜。渚ちゃん、どいてよ〜」
「失礼しました。大丈夫ですか、由香さん」
渚が体をどけると、由香は立ち上がって軽くほこりをはらって、玄関に立っている貴志に近づくとおもむろに貴志の頭をはたいた。
「痛っ! いきなり何するんだよ!」
当然抗議する貴志に由香は怒鳴り返した。
「このバカ貴志っ! 『おかえり、渚ちゃん』じゃないでしょ! 渚ちゃんがドアを開けたら『誕生日おめでとう、渚ちゃん!』って言わなきゃダメだろっっ!!」
「そうだよ高倉君。これじゃせっかくのサプライズパーティーが台無しだよ」
別の声が重なる。貴志と同じくクラッカーを手にしている。渚のデータベースによると、この子も二人のクラスメイトで、名前は坂東沙里奈。由香とは逆の優等生タイプで、現在貴志が片思いしている相手です。
「まったく、しょうがね〜な〜。仕切り直せよ、タカ」
この貴志様に無礼な口をきくガキ、もとい少年は松田恵作。一応貴志様の親友のようなので大目に見ていますが、いずれ口のきき方を教えてやる必要を感じます。データベース上では要注意人物としてカテゴライズしていますが、この少年もクラッカーを手にしています。
渚がカメラを動かして現状把握に努めていると、貴志は玄関を下りて渚の前に立った。そして少し恥ずかしそうにためらった後、渚に笑顔で言った。
「渚ちゃん! お誕生日おめでとう!」
「お誕生日、ですか? いったいどなたの誕生日なのですか?」
データベースを検索するが、高倉家の関係者には今日誕生日の人間はいないはずだ。
「渚ちゃんの誕生日だよ。1年前の今日、渚ちゃんが来たんだ。だから今日が渚ちゃんの誕生日!」
「私の、誕生日……」
機械人形である自分に誕生日という概念はないが、製造年月日ではなく高倉家の一員になった日を誕生日として祝ってもらえている――その事実に渚は思考回路が熱くなるのを感じた。
オーバーヒートを回避するため自動的に冷却水が流れ、一部が目からこぼれおちる。
「あ、あれ? どうして渚ちゃん泣いてるの? 何か悲しいの?」
「いいえ、違うんです貴志様。うれしいんです。私はうれしいんですよ」
あふれた冷却水をハンカチでぬぐって渚は貴志に笑いかけた。
「それじゃ、さっそくパーティー始めようよ!」
由香の号令で一同は高倉家のリビングへ移動した。リビングは数時間前に見た姿とはすっかり様変わりしていた。壁には紙でできた鎖で飾り付けられ、テーブルの上にはケーキと様々なお菓子とジュースが用意されている。
貴志が得意げに言う。
「すごいでしょ。飾り付けは僕と恵作でやったんだよ。それでね、ケーキは沙里奈ちゃんが一人で作ったんだよ。あと由香はお菓子の買い出しと渚ちゃんを呼びに行く役をやってもらったんだ」
この準備をするために自分は外に出されたのか。渚は納得すると同時に、足手まといになりかねない由香に上手に役目を割り振った貴志の手腕に感心した。やっぱり貴志様は最高です。
そして渚の一歳の誕生日パーティーは始められた。ハッピーバースデーの合唱が響く中、ケーキに立てられたろうそくの灯を吹き消す。たとえ後片付けが大変だとしてもこうして祝福されていることが渚はうれしかった。
貴志たちのプレゼントは渚のサイズに合わせたかわいらしい洋服だった。いつもメイド服の渚のために4人でお金を出し合って買ったのだそうだ。渚としては服装に特にこだわりは無かったのだが、小学生のお小遣いでは大変だったろうことを思うとそれだけでまたオーバーヒートしそうになる。
そうして一緒にゲームをしたり盛り上がっている内、玄関で物音がしたのを渚のセンサーがキャッチした。渚が玄関に向かうと、はたしてそこには主人である高倉正志の姿があった。普段の帰宅より数時間早い。
「お帰りなさいませ、旦那さま」
「ああ、ただいま渚さん。お誕生日おめでとう」
正志は玄関から上がり、そのまま自室に入ると、鞄を置いてすぐに出てきた。その手には紙包みがある。
「はい、渚さん。これは僕からのプレゼントだよ」
廊下で手渡された紙包みを見て渚はこのような場合にどのような言葉を返すべきか演算した。
「ありがとうございます、旦那さま。ここで開けてもよろしいでしょうか」
「いいよ。開けてみて」
不可視光線を用いて透視することも可能だが、人間はこのような儀式を重んじるということを理解している渚は丁寧にリボンをほどき、包み紙を開けていく。
「あっ、これは……」
中に入っていたのはH402S型へのバージョンアップディスクだった。最近広告で見て気になっていたが、自分から欲しいと言い出すこともできないので黙っていたものだ。
「ありがとうございます、旦那さま。とてもうれしいです!」
「喜んでもらえてうれしいよ。君に来てもらえて本当に良かった」
正志は渚の頭に手を置いてやさしく撫でた。そして騒ぎ声の聞こえるリビングに温かな眼差しを向ける。
「君のおかげで貴志も笑顔を取り戻すことができた。本当に君には感謝してもしきれないよ」
「いえ、私は当然のことをしてきただけで……」
正志は頭をなでるのをやめ、両手で渚の手を取り、まっすぐに見つめた。
「そんなことはないよ。君は貴志にとってもうなくてはならない存在なんだ。もちろん僕にとっても。どうかこのままずっと元気に僕達のそばにいて欲しい」
「旦那さま……」
正志は握った手に少し力を込め、真剣な表情で渚に言った。
「本当に健康にだけは気をつけてくれよ。メーカーの保証期限、切れちゃったんだから」
< THE END >
あとがき
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