ハミルトン亭の迷惑天使
4 魔花タンポポインペリウム
「参ったな…」
レシウスは彼にしては珍しく冷汗を流しながら出現したそれに視線を注いでいた。白昼堂々、煙の中から姿を現したそれは、ざっと見積もって体長15メートルはあろうかという巨大な花だった。花はタンポポの仲間らしく、夏を思わせる黄色い花びらをこれでもかと咲き散らせており、更に恐るべきはその巨大な花のすべてが、一本の花であるという事実だった。大木、と表現するのがふさわしい幹は、一本の茎であり、巨大な枝はただの葉先にしか過ぎないのである。そして茎には、タンポポにあるまじき蔦が幾重にも巻きついていた。
夕方であり、人通りは少なくなっていたが、それでも本日2回目のパニックがレシウスを人波に飲み込んでいく。
しゃげえええ!
人々を嘲笑うかのごとく、巨大タンポポは蔦を四方八方に振り回した。その一撃は昼過ぎのアリクイヒドラの時とほぼ同程度の破壊力を誇り、瓦礫をさらに細かくし、無事だった家を破壊し――そして、人をも貫いた。
「ちっ!」
自分に向かってきた蔦を剣で弾き返し、レシウスは反動を利用して『タンポポ』の懐に飛びこもうとした。
だが、蔦の戻りは想像以上に速く、逆に一撃をくらい、通りの端まで吹き飛んだ。
しゃあああ…。
怪しい白い煙を吐きながら、『タンポポ』は力を誇示するかのように、蔦を揺らして見せた。
「我が名は…」
厳かに、『タンポポ』が声を上げる。低く、地の底から響くかのような声で。
「タンポポインペリウム」
自ら皇帝を名乗り、葉先から酸のような液体を吐き出す。
しゅうう、と音を立てて、瓦礫が溶けていく様子を見ながら、レシウスは立ち上がった。
「花の分際で、なめやがって…」
派手に吹き飛ばされた割りに、ダメージはないらしく、剣を抜きながら不適な笑みを浮かべる。
「細切れにしてやる」
飛び掛ったレシウスの前に影が立ちはだかり、一撃を受け止める!
「くぅっ!」
うめきを上げながらピオーネが魔法の障壁を張っていた。
「何のつもりだ?」
答えを半ば予想しながら、レシウスは尋ねた。
「植物だって、懸命に生きてるんです。むやみに命を奪うことは許されません」
予想した通りの答えだった。呆れながらも反論を試みる。
「やってることはさっきのアリクイと同じだろうが。どんな差があるっていうんだ」
「差がある、ないの問題ではありません。命を守るんです」
「アリクイは粉砕しといて、何ちゅー奴だ」
とりあえず反論を試みて、レシウスは回し蹴りを放った。
どがっ!
鈍い音を立てながら、ピオーネは壁に激突した。
そのまま、動かなくなるのを横目にしながら、レシウスは再びタンポポインペリアルに飛びかかった。
「愚かな人間め!」
「愚かなのはお前だよ」
ザン!
答えながら、茎を切り裂く。さらに、剣を振るいながら、言葉を紡ぐ。
「他の物を害するなら、害される覚悟も持つことだ」
蔦のすべてを避けながら、上段に振りかぶる!
「はああああ!」
緑色に輝く剣が、タンポポインペリアルの存在さえ残さず、消し飛ばした。