ハミルトン亭の迷惑天使
2 魔獣アリクイヒドラ
レシウスは結局、朝飯をおごってもらい、そのお礼は適当にすませて、生活費を稼ぐ旅に出た。
いや、つまりはアルバイトをしているわけだが。
ウルハスの南東は労働者の住む地区になっているのに対して、北東は高級住宅街になっている。そのちょうど境界線上の通りは、常設のバザーが開かれている。
「えー、土偶いらんかね、土偶」
その通りで地べたにむしろを敷いて、その上に座り込んで土偶を売るアルバイトなのだが、金髪碧眼のレシウスがそれをやると異様である。はっきり言って没落貴族以外のなにものでもない。その近くには土偶屋2号店と書いてあるのぼりが立っている。まわりはいかにもバザーらしく、食べ物の屋台や古着屋が出ている。最近、バザーで2箇所出店が認められたらしい。
レシウスのなにが主人に気に入られたのかは不明だが、今日からこうして仕事についているわけだ。
「売れんなー」
小1時間ほどたったのだが。
(あたりまえでしょうが)
傍らに置いてある相棒――と言っても剣だが、一応は相棒である――ミラージュが呆れ声をあげている。レシウスにしか、聞こえない。
「うるせえな。売れるから2号店なんだろ?」
一応は反論してみる。
(やけくそとしか思えないけど)
「……」
同感だった。だが、働かないわけにもいかない
「えー、土偶いらんかね、土偶」
当たり前だが、人の流れは無情に通りすぎていくばかりだった。
結局、午前中は一つも売れず、見に来たオーナーにこのままじゃ給料に響くぞ、と嫌味を言われてからレシウスは昼休みをとった。せっかくなので、バザーを見て回る。もしかしたら、いい古着があるかもしれない。宝石の残りは少ないが、仕方ない。
「しかし、案外人が多いよな」
(そうね。ちょうど境界線上だから、どちらからも人が来るんでしょうね)
ちゅるん、とヤキソバを飲みこみ、レシウスは傍らの店にふと眼を向けた。
そこには、妖しげな壷屋と、花屋が店を出していた。どちらにもレシウスは興味がない。視線が止まったのは、見知った顔がいたせいだった。
「ピオーネ?」
「あら、レシウスさん」
花屋は、ピオーネだった。
「何してんだ?」
「見ての通りですよ。花屋です」
「いや、それはいいんだが…」
珍しく口ごもりながらレシウスは恐る恐る指を指した。指の先には、美しいピンク色の花がある。ただし、しゃげー、と得体の知れない声を出していた。
が、ピオーネはレシウスの怪訝な視線に気づくことなく、朗らかに言ってくる。
「これですか?べグザイルという花ですよ。家に置いとくと、ねずみを食べてくれるんです」
「…肉食か?」
「油断すると、腕とかもかじられちゃいますけどね」
「待たんかい」
「あ、ひどいとか思ってますね!動物を殺すのはひどいと!確かにその通りです!でも、生きるためにはやむをえないことだってあるんです!」
「いや、なんつーか恐ろしく植物びいきな気が」
半眼になりうめくが、ピオーネは激しい口調で反論してきた。
「そんなことはありません!人間がすべてでは決してないんです!」
「いや、お前天使だろ…、ってそんなことじゃないくらい大事なことが抜けてる気が…」
何を言っても無駄なように思えてきたので、レシウスは話題を変えようと隣を見た。隣の壷屋はこちらを気にすることなく、怪しげな壷を売りつけている。曰く『女神を封じた壷』。
とりあえず見なかったことにして、別の花を見る。小さな花びらだが、美しい青色をした花束を指す。
「それは何だ?」
「ドフラッチェです。水をやらなくていいくらい強いんですけど、夜になると歩き出すから、ちゃんと縄で縛っとかないとダメですよ」
「…歩くのか?」
変えた話題が失敗だったことに気づきながらも、尋ねずにはいられなかった。
「ええ。それに毒液を撒き散らすから、袋をかぶせておかないと」
「まともな花はないのか!」
レシウスが思わず叫ぶと、ピオーネはさも心外だと言わんばかりに眼を吊り上げてきた。
「なんてことを!この子たちだって懸命に生きてるんですよ!それをさも害虫みたいに!」
「懸命に生きているもんを売るんじゃねえ!」
「わたしはみんなに花の素晴らしさを!」
「言ってることがずれすぎなんだよ!」
べキッ!
言葉と同時に思わず放った回し蹴りをまともにくらい、ピオーネは派手に吹っ飛んだ。
が、魔法でも使ったのか、ダメージもなく起き上がってくる。天使の魔法は呪文などの制約をいっさい受けない。その威力も、効果も人間とは激しい差がある。
だから、驚くには値しないのだろうが。
「天使を足蹴にしましたね!天罰です!」
が、思わず放ってしまった蹴りにそこまで怒ることはないんではないだろうか?
勝手なことを考えながら、レシウスは魔法で創られた岩を必死でかわした。
「よけては贖罪になりません!」
さらにピオーネが殴りかかってくる。運動能力に関しては、天使を恐れる必要はない。人間と、変わらないからだ。そして運動能力で彼を上回る人間はほぼいないと言っていい。身体が戦闘モードに入ってしまい、レシウスは半身をずらして膝をピオーネの来る直線状に残した。
が、そんなことをしなくてもピオーネは隣の店の壷につまずいて勝手に転んだ。
がしゃあああん。
リアルな音を立てて、壷が割れる。女神を封じたという壷が。
突然、あたりが暗くなり通行人たちも足を止める。
すべての視線が注がれた先に、それは現れた。
きしゃああああ、と咆哮を上げたそれは、とりあえず体長10メートルほどの大きさだった。腕はなく、足は4本。体重を支えるのに充分な太さだ。身体は茶色の体毛に覆われ、首は八つあった。尻尾もだ。
そして、その首の先には――
巨大なアリクイの顔があった。
「…なんだあれ?」
(アリクイヒドラとでも、言うんでしょうね)
「どこが女神なんだ?」
(あの愛くるしい瞳とかじゃないかしら)
相棒の指摘通り、アリクイヒドラ(仮名)はとてもつぶらな瞳をしていた。8対のまん丸で小さな瞳が、レシウスを見下ろしている。体長は10メートルだが、そのうちの7メートルほどは首である。ヒドラ、と呼びたくなるのも頷ける。
「どうしたもんかな」
レシウスが嘆息混じりに剣を引き抜く。神であれ、魔族であれ切り裂くという伝説の神魔剣ミラージュを。久しぶりに空気を吸った相棒は、機嫌よさそうに太陽の光を浴びてキラリ、と輝いた。
しゃげえええ!
4つの首が同時にレシウスに迫ってくる。残りの4つは気紛れなたちなのか、壁へと突っ込んでいった。野次馬達が悲鳴を上げて逃げ惑う。
だが、レシウスは野次馬ではなかった。
「はああ!」
掛け声とともに、迫ってきた首をなぎ払うように剣を横薙ぎにしながら回転する。
ぎゅおおおお!
豪快な叫び声をあげて、アリクイヒドラがのけぞる。その隙にレシウスはまわりを確認した。首が向かった壁は、そのまま激突したように壊れている。そして、ピオーネの自慢の植物もなぎ払われている。どうも、武器は頭突きらしい。えらく豪快な攻撃だ。が、ピオーネは不満らしく、その瞳を吊り上げた。
「神の裁きを!」
その4つの首を戻したアリクイヒドラに、ピオーネが魔法を放つ。アリクイヒドラの胴体を中心に波紋が走り、内部から爆砕する。
さらに野次馬が悲鳴をあげて逃げ惑う。
「命とは、魔獣が軽軽しく扱っていいものではありません。当然の報いです」
右手を突き出したまま、格好をつけるピオーネをレシウスは半眼で見つめながら、とりあえず飛び散っている内臓をひょいと避けた。
「なんつー勝手な言い分だ」
(植物至上主義の天使、みたいね)
「厄介だな」
(厄介ね)
幸い、レシウス達の呟きはピオーネには聞こえなかった。