『すぎかえる』表紙美術館・作品展示室

ストリームエラー

香村桔梗

「そんな…でも…そうだとしか…」

閉館時間が来て図書館を追い出されたKは吸い寄せられるように大学の奥へと歩いていった。講堂の脇をすり抜け、コンクリートの堤防を下り、川の飛び石を踏み越えて向こう側に移って振り返ると、Kの視界に、川辺で遊んでいる少女の姿が飛び込んできた。 Kが少女に近付いて行くと、ずっと俯いて川面を見つめていた少女がふと顔を上げてこちらを見た。Kはこちらと合った少女の目を凝視しながらぎこちない声で話し掛けた。

「やあ、どうも、こんにちは。」

すると少女はにっこりと笑って立ち上がった。

「こんにちは、Kさん。また会えましたね。」

「Lちゃん…やっぱり君のせいだったんだね。」

「私、おかえしをしたくて、Kさんがあと一日あればって言ったから、Kさんの流れを止めたんです。」

少女はそう言って足元の澱んだ溜まりを指差した。

「でも私、後で気付いたんです。私の力じゃこの石は動かせない。流れを変える事が出来ないって…だから私、あの後Kさんと別れてからここに戻って、ずっとKさんがやってくるのを待ってました。」

「えっ、あの後ずっとここで…!?」

とKは驚いたが、

「大丈夫です。本当は全然待っていませんから。」

といわれてそんなものかと納得してしまった。

「Kさんにはおかえしのつもりで却って迷惑をかけてしまいました。ごめんなさい。でも、Kさんさえ来てくれれば大丈夫です。溜まり…綺麗に出来ますよね。」

Kは無言のまま震える手で石を動かしていった。緊張と動揺とで、以前よりは手間取ったが何とか石を並べ終え、流れが溜まりを押し流していくのを見てほっと息をついた。少女がその様子を目を輝かせて見つめているうちに、数分ですっかり溜まりは洗い流され、日光を受けて光る澄んだ川の一部となっていた。

「Kさん、流れはまた動き始めました。これですっかり元通りです。」

「Lちゃん、君は一体…」

「さようなら、たぶんもう会うことは無いでしょうね。テスト、頑張って下さい。」

「ああ、うん。そうだね。」

あいまいな返事をしながら、Kは多分もう会う事は無いだろうなと思っていた。自分は少女がどこの子かも知らないし、川にだって月に一回行くか行かないか。それが偶然重なる事はもう無いだろう、そういう事なんだと。

少女はにっこりとわらって手を振った後、森の方向へ走り出して行き、すぐに姿は見えなくなった。

翌日。Kはめでたく「ナニワ経済論」のテストを受けることが出来た。二日前は準備万端だったKだが、昨日は今日ちゃんとテストがあるのか気が気でなく、テスト勉強どころではなかった。その結果は…想像にお任せする。

川辺大学在籍で今期の「ナニワ経済論」を履修した学生の中には、テストも始まる前から教室の扉を開けるなり、「ヨッシャー!」とガッツポーズをとっていた学生を記憶している方もいるだろう。その彼こそがこの話の主人公、Kである。

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