ストリームエラー
部屋に帰ったKは、「ナニワ経済論」を前に悪戦苦闘を続けていた。参考書で専門用語を索引し、意味不明な数式を解読しながらの勉強は思った以上に手間がかかり、 しかも所々にOOO(自分の持っていない参考書)の]ページ参照等と書かれておりその度に袋小路に嵌った気になった。深夜まで問題に取り組んだ挙げ句、Kが得た結論はこの問題はノートと自分の持っている参考書だけでは回答不能という事だった。必要な参考書がある大学の図書館は平日でも早朝は開いておらず、更にご丁寧に「ナニワ経済論」のテストは一限目である。全てを諦めたKはむしろ晴れ晴れとした気分で眠りについた。
翌朝。昨日の晴れ晴れとした気分は消え失せ、Kは陰鬱な気分で大学に向かった。テスト会場から開始十分で席を立つ学生を見て普段なかばあきれながら「漢だなあ。」と思っていたKであったが、今日はとうとう自分もその仲間入りかな?と思っていた。しかし大学に着いてみると、さして早い時間に来たわけでもないのに、大学はシンと静まり返って人気が無かった。
「おや、妙だな。皆もう来てるのか?ちょっと遅すぎたかな。」
そう思いながらテストのある教室へと行ってみると、
「ありゃあ?」
テスト会場には一人も学生がいなかった。いくらなんでもこれはおかしい。
「教室が変更されたのか?」
と学内掲示板を覗きに行ったがそれらしい掲示は無い。
「クソッ、どうなってるんだ一体!」
と大学内を歩き回っていたKは、他のテストが行われているはずの他の教室もまるで人気の無い事に気付き、ぞっとして首をすくめた。
「そう言えば今日この大学で誰とも会ってない気がする…どうして…」
本気で焦り始めたKが構内を誰かいないか小走りで捜していると、廊下を本を持った女性が歩いているのが目に入ってきた。
「あ、あの、ちょっとすいません!」
「ん?」
血相を変えて走ってきたKを見て女性は不審そうに目を細めた。
「あの、今日一限目のテストが、もう始まってるはずなのに誰も人がいないんですが、どうなってるんでしょうか!?」
「テスト?今日?」
女性はわけがわからないというように首をかしげた。
「はい、「ナニワ経済論」の…それだけじゃなくて、大学全体にあなた以外に一人も人が見当たらないんですが…」
「何かの間違いじゃないの。今日は日曜よ、「ナニ経」は明日でしょう。」
「へ?明日?」
おそらく女性からはKの顔は顎が外れたように見えただろう。
「人がいないのも当たり前よ。休日のこんな時間にここに来てる人なんてそうそういないわ。私は教室へ忘れ物を取りに来ていたのよ。」
「今日が日曜…?そんなはずは…」
「嘘だと思うなら体育館かグラウンドに行ってみたら?サークルの人たちが朝錬してるから。私もこれからそこの友達に会って帰るつもりなのよ。」
「い、いえ。そうか、僕の勘違いだったのか…どうも、すいませんでした。」
「いいえ、でも今日が何日かぐらいちゃんと把握しておきなさいよ。」
一時はどうなることかと思ったKだったが、わけさえ分かってしまえば全部解決だった。
Kは開館時間を待って意気揚揚と図書館に入り、閉館時刻までに過去問と必要な参考書を揃えて部屋へと戻った。
「今度こそはちゃんとしないとな…もはや暑い等とは言ってられないぞ。」
Kは部屋の全ての窓を全開にし、氷水を机に置いて勉強を始めた。焦って無我夢中にやっていた昨日とは違い、必要な資料の揃った状態で余裕を持って勉強が出来たため、昨日より遥かに能率は上がり、すらすらと進む事が出来た。難解な論述問題だった練習問題に対して、過去問の方は比較的答えやすい計算問題であり、理解に苦しんだ数式も新しい参考書を見ると見た目ほど難しくなく、その上半数以上は解答に必要無い物である事が分かった。残りの数式も昨日の勉強で大体の理解は済んでおり、Kは今夜は自信をもって本当に安らかに眠る事が出来た。
翌朝。Kは心の中で昨日解いた問題を繰り返しながら、どっからでもかかって来いという気分で大学にたどり着いた。しかし大学は昨日と同じように静かで人気が無かった。
「まさかまた誰もいないって言うんじゃないだろうなあ?」
と半ばふざけて考えていたKだったが、テストのある教室の扉を開けた瞬間顔色を失った。
「そんな…馬鹿な…」
教室には誰一人いなかった。
「こ、今度こそ教室が変更になったんだ。間違い無い。掲示板で確認しなきゃ。」
それらしき掲示は何も無かった。
「クソッ、どうなってるんだ一体!」
と大学内を歩き回っていたKは、他のテストが行われているはずの他の教室もまるで人気の無い事に気付き、ぞっとして首をすくめた。
「全く昨日と同じだ…僕はどうしてしまったんだ?」
本気で焦り始めたKが構内を誰かいないか小走りで捜していると、廊下を本を持った女性が歩いているのが目に入ってきた。
「あ、あの、ちょっとすいません!」
「ん?」
血相を変えて走ってきたKを見て女性は不審そうに目を細めた。
「き、昨日ここで会ったKと言います。今日「ナニワ経済論」のテストがあるはずだったでしょう!?なのにやっぱり誰もいないんです。」
「昨日会った?テスト?今日?」
女性はわけがわからないというように首をかしげた。
「はい、「ナニワ経済論」の…あなたも昨日、今日、月曜日にあるって言ってたでしょう。それなのに今日も誰もいないんです!」
「何かの間違いじゃないの。私はあなたと初対面だし、今日は日曜よ、「ナニ経」は明日でしょう。」
「へ?明日?」
おそらく女性からはKの顔は顎が外れたように見えただろう。
「人がいないのも当たり前よ。休日のこんな時間にここに来てる人なんてそうそういないわ。私は…」
「…教室に忘れ物を取りに来ていて、これからグラウンドに友達と会いに行くんでしょう。」
「…え、ええ。あなた、なんで私のことを知ってるの?」
「もう良いです!」
Kは混乱した頭を抱えながら開館時間を待って図書館に入り、そこで昨日自分が借り出したはずの参考書が並んでいるのに気付いた。
「何もかも、繰り返してるんだ。なぜだ?何故こんな事に…僕は死ぬまでこのままなのか?…待てよ、このままだと僕は死ぬのか?」
そこまで考えた時、Kは恐ろしい事に気付いた。
「「今日」がどんどん繰り返されていくと、僕は一体どうなるんだ。僕も変わらないとしたら、永遠に、本当に永遠に今日を生きないといけないのか。いや、でもこうやって考えてる事自体、僕は昨日の僕とは違っている。じゃあ何も変わらない世界で僕だけはどんどん年をとっていくのか。この日に閉じ込められたまま、30になり40になり、いつか年老いて死んで、それでもこの世界は回り続けて…」
そこまで考えた時、Kは危うく叫び声を上げそうになった。