お見舞い
その報せというか何というかがメールで届いたのは僕が自分の部屋でのんびりと読書をしていたときだった。読書の邪魔をされるのはあまり好きじゃない。ひとが集中して読書してるのに一体何事だ?
『私 危篤 スグカエレ、私』
読み終わっても何を伝えたがっているのかがさっぱりわからない。『父 危篤 スグカエレ、母』ならまだ意味もわかるのだが、あいにく母親はケータイを持っていなかった。アドレスを確認してみると、高校のときの友達からだった。確か彼女は地元の大学に通っているはずである。その彼女が今さら何の用があるというのだろう? こんな意味不明なメールを送ってきたりして。返信しようかどうか迷ったが、送られてきたからには返事をしなければ失礼かな、と思って、そっけなく、
『何か用?』
とだけ書いてメールを返信した。
返事はすぐに来た。
『久しぶりに会いたいな、と思って』
勝手な言いぐさは相変わらず直っていないようだ。彼女はあの頃から全く変わっていないのかもしれない。かく言う僕だってたいして変わっているわけではないんだけど。強いて言えば一人暮らしのしんどさがわかったくらいだ。
とりあえずまた返信。
『どうして僕に?』
すぐに返事。
『今、入院しててさ。すごく暇なんだ』
入院という言葉にドキッとした。高校時代の彼女からは想像もつかない単語だ。あの頃の彼女は元気ハツラツという言葉を体現しているような存在だったのに。しかし、暇だから会いに来いっていうそのワガママさはあの頃のままだな、と思った。
『どうして入院なんか?』
さっきから質問してばかりだな、僕。
『理由は会ったとき話すよ』
やっぱりワガママだ。しかし、僕は彼女に会いたいんだろうか、と自問する。会いたくないわけじゃない、と心は答えた。だけど、会ったところで話すことがあるだろうか?
前に会ったのがいつなのかさえ覚えてないっていうのに。
『いつから入院してるの?』
高校時代を思い出す。彼女とは高二と高三が同じクラスだった。高二の頃は特に話をした覚えはない。はっきりと言ってしまえば、僕は彼女が同じクラスにいることを半年以上気づかなかったのだ。当時の僕は友達だけを認識していればそれで充分だったから、クラスにどんな女子がいるのかなんてことは視界に入ってこなかったのだ。
『二週間前』
そして、彼女と初めて話をしたのは確か高二の冬休みが明けてすぐだった。あの頃の僕は体調を崩していて保健室登校児みたいな感じだった。彼女は友達に会うために保健室に来て、ついでのように、実際ついでだったんだけど、僕と話をした。話の内容までは覚えていない。
『どこの病院に入院したの?』
今と比べて高校の頃は楽しかった。思えばバカなことばっかりしていたような気がする。高三のときは特にそうだった。友達に好きな人がいるとわかれば、そいつのために一肌脱いでやろうという奴らが集まって作戦を考えたりした。そう言えば、作戦を立案、実行するときには彼女とその友達も一枚噛んでいたっけ。五、六人で放課後に集まってはワイワイ騒いで、くだらない話をしていた。
『岡田病院。西島町の』
思いついた作戦はなんと勉強会だった。しかも会場は僕の家。何であんなことになったんだろう? 今、思い返してみてもバカな作戦だ。上手くいかなかったことも頷ける。結局、あいつの恋は成就しなかった。悪いことをしたかもしれない。
『何号室?』
あいつのためには勉強会以外にもしてやったことがあったな。あれはあれでバカな作戦だったかもしれない。メンバーは勉強会のときと同じ。夏休み、花火、肝試し。肝試しではあいつと片思い相手がペアになるように事前に打ち合わせまでやったんだった。
『六○三号室』
そんなバカなことをしているうちに僕と彼女は親しくなっていった。メールアドレスを聞いたのもちょうどこの頃だ。図書室で勉強していた彼女に声をかけて教えてもらったんだった。
『いつなら会いに行って大丈夫?』
高校時代を思い出して懐かしい気持ちになった僕は、彼女に会いに行くことに決めた。高校を卒業してからこれまでに同窓会は何回かあったが、彼女は一回も参加していなかった。
『いつでもいいよ』
ここから地元に戻るにはいくらくらいかかるんだったかな? 長い間帰っていないから高速バスの価格を忘れてしまった。他の友達にも久しぶりに会ってもいいかもしれない。
『じゃあ近いうちに会いに行くよ』
会おうと決めると早く会いたいと思ってしまう。そう思うと、入院しているということが今さら心配になってきた。今週末には地元に戻ることにしよう。
土曜日、久しぶりに僕は地元の土を踏んだ。高速バスは駅前に停車したので僕はタクシーに乗って彼女が入院している病院に行くことにした。タクシーの車窓から見える景色は以前と全く変わっていないように見える。でも、本当はそんなことないんだろう。僕が以前の姿を覚えていないだけで、きっと色んな場所が変化しているはずだ。
病院に着くと、料金を払ってタクシーを降りた。大きな病院だった。しかも新しい。入るのに少し尻込みしてしまいそうになる。僕自身、最近は病院にかかることも多かったんだけど、さすがにここまで大きな病院に行ったことはなかった。
いつまでも病院の前で立っていてもしかたないので自動ドアをくぐって中に入る。右も左もわからない場所というのはそれだけで不安になるものだ。僕は迷わないように案内板でエレベーターの位置を確認してから移動を始めた。エレベーターのすぐ横には階段もあったけど、さすがに六階まで上っていく体力は僕にはなかった。
エレベーターが六階に着く。ナースステーションを通り過ぎて廊下の突き当たりの個室が彼女の病室らしかった。軽くノックをしてから中に入る。
「久しぶり。元気にしてた?」
彼女のほうが先に声をかけてきた。顔色を見てみてもそれほど調子が悪そうな感じはしない。
「それなりにね。そっちこそどうなの?」
「やっぱりあちこちガタがきたるみたい。いろいろ無茶やったしね」
彼女はそんなことは微塵も感じさせない口調で言う。
「こうして会うのっていつ以来になるのかな?」と彼女。
「さぁね。僕だって覚えてないよ。最後に連絡をくれたのがいつなのかさえ覚えてないんだから」
思っていたより元気そうだったから僕はほっと胸をなで下ろした。ベッドの横に立てかけてあったパイプイスを組み立ててそれに座る。改めて室内を見回してみると、ほとんど物がなかった。備え付けのものらしい小さいタンスを除けば、花瓶がひとつあるだけだった。僕には見わけのつかない花が何十本も生けられている。
「あぁ、その花は妹が持ってきてくれたのよ。私はいらないって言ったんだけど」
僕の視線に気がついたのか彼女が説明してくれた。確かに彼女は花って柄じゃないな。花より団子って性格してるし。