神様の伝言
親愛なる地球の皆様へ。
私たちはあなたたちの世界の神です。あなたたちが生まれ、進歩し、文明を発達させていくのを私たちはずっと見ていました。今現在あなたたちはこの世界の中ではかなり高度な文明を持っている星に住んでいます。
今日私たちはあなた方に大変残念なことをお知らせしなければいけません。あなた方の世界はもうすぐ終わります。あなた方の時間で言えば、あと10日ほどで完全に消滅します。これは世界の節理であり、止める手段はありません。
あなた方の世界に残された時間はあと10日ほどしかありません。どうか悔いの残らぬように、最後の時間を楽しんでください。
お迎えにあがります。
こんな馬鹿げた「伝言」が全世界を駆け巡ったのが、三日前のことだった。この伝言がどうやって伝えられたのかというと、全世界のありとあらゆる聖職者の口を通じてである。キリスト教、イスラム教、仏教、ヒンズー教、その他大小の世界中の歴史ある宗教から新興宗教にいたるまでのさまざまな宗教の牧師、僧侶、教祖様たちの脳裏に、同じ時刻に一斉にこの「神の声」が聞こえたのだという。
これが一人や二人なら「ふーん」ぐらいで済むのだが、これだけの規模ともなれば、当然「なにー!!」てなことになるわけで。信心深いやつもそうじゃない奴も巻き込んで、地球規模での大騒ぎとなっていた。
僕はその大騒ぎをここ三日間ブラウン管越しに体験している。テレビのレポーターは、遠い国で起きた悲惨な出来事を伝えていた。あの日以来、世界中の様々な宗教の信者の中でも特に信心深い人たちによる集団自殺が続発しているという。何年か前にニュースで外国のUFOを崇拝対象としていた宗教団体の信者数十人が集団自殺したという話を聞いたことがあったが、それのもっとすごいのが世界中で起こっているらしい。
どうしてそんなことになっているのかというと、件の伝言の最後に「お迎えにあがります」という一文があったからだ。これは神様が自分たちのもとに僕たち地球人を呼び寄せているということだから、さっさと命を捨てて天国に行ってしまおうというわけらしい。どうせ迎えに来てくれるんならわざわざ自分から行く必要はないんじゃないかと、信仰心がない僕などは思ってしまうわけだが。
そもそも僕は、この世界があと一週間で消滅してしまうなんてことを信じていない。
「信じるものは救われない」
これが僕の基本信念だ。どこの国の神様だって信じちゃいない。その声を聞いた人が何人いようと、同じことだ。なせそんなことで死ななければいけないのか。
しかしそんな僕の思いとはまったく関係なく、悲劇は次々と起こっていった。
コンビニに行こうとすると、家の前のところで一人の女の子が元気に縄跳びをしていた。僕のよく知っている子だった。アパートの隣に住んでいる一家の一人娘なのだ。
「こんにちは」
彼女は僕の顔を見ると行儀良く挨拶をした。親のしつけがいいのだろう。僕は無言でうなずくことでそれに答えた。
コンビニに向かう途中に他人の車のラジオから流れてきたニュースは、今日世界中のどこそこの国で何人が死んだというような機械的なニュースばかりを繰り返していた。コンビニに置いてあった新聞の一面も、実に面白くない事態になっていた。
日本では他の国に比べてそれほど大きな騒ぎにはなっていないようだった。日本人は宗教に無頓着だからだろう。コンビニにいるほかの客も店員も、神様からの伝言を本気にしている様子は無かった。
レジで買い物を済ませて表に出たときに、少し遠くで鼓膜が裂けそうな轟音が聞こえた。一瞬あたりのすべてが動きを止めた。あれは何の音だろうと考えるより先に、誰かが
「事故だ」
と言った。見に行ってみると、確かに事故だった。大きなトラックだった。大きな家の塀に運転席からぶつかっていて、多分運転手は生きていないだろうと思った。
「ひどいな」
僕のそばにいた男の人が、呆然とした顔でつぶやいた。
「自動車のほうは、もっとひどいよ」
別の男の人が言った。自動車?
野次馬達の話を聞いているうちにわかったのは、トラックが急にスピードを上げて対向車線を走っていた自動車にぶつかって、そのまま塀に衝突したということだった。当然自動車のほうは、運転手どころか車体も原型をとどめていないはずだ。なんでそんなことが起きたのか、僕にはさっぱりわからなかった。
しかしその場にいた僕以外の人々には、どうやらそれがわかっているようだった。
「やはり、もう死ぬんだと思えば、なんだってできるんでしょうね」
「ええ。自暴自棄というか、今まで抑えてきたことが我慢できなくなったんでしょうね」
・・・・・・・・・・・・・・・
僕はあきれて、野次馬に背を向けた。
三日が経った。
沢山の人が死んでいった。
多くの人は自分の意思で、そうでない人は正気を失った人の手によって。
僕の周りでも、多くの人が死んでいった。
アパートの隣に住んでいる一家は、昨日の夜一家揃って車で出かけてから帰ってこない。あの一家とは、昨日の夕方アパートの前でどこか寂しそうに遊んでいたあの子を見たのが最後だ。
多くの人があの伝言を事実と受け止めた上で行動している。どうしてだろう?いままでなんの宗教も信じていなかった人たちがだ。
他の国の人々が次々と集団自殺を遂げていくのを見て、不安になったんだろうか。そんなに世界が滅ぶほうがいいのだろうか。
そう考えるうちに、あの伝言の内容を信じないよりも、信じたほうが得なのではないかと思い始めた。あと四日ぐらいで世界が終わると信じれば、今までやろうと思ってもできなかったこと、犯罪や乱行をやることに戸惑いなど覚えなくても良いだろう。もし伝言が本当のことならば、僕のように信じなかった連中はそういうことをしないままに、最後の日に虚しく死んでいくだけとなる。
その最後の日は、ものすごい生き地獄になるかもしれない。先に死んでおいた方がマシだったと思うことになるかもしれない。
「信じるものは救われない」
僕は自分のこの信念に疑問を持ち始めていた。
とうとう、伝言で知らされていた最後の日がやってきた。
僕はアパートの一室で普通に生きていた。結局僕には死ぬ決意も、犯罪や乱行に走る決意も出来なかった。
最後の日は、少なくとも僕にとってはごく普通に過ぎていった。といっても、もう電気や水道はとっくに止まっていた。このアパートに残っているのも僕一人かもしれない。あまりにも静か過ぎて、窓を開ける気にもならない。
僕は部屋の真ん中に座って、世界の最後の日とは一体どんな感じなのだろうと考えていた。