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雪彦山地蔵岳東稜

小宮勇介4・藤原功充1



1999/11/19 快晴
 登山口に着き,少し坂を登ってキャンプ場にテントを張り,偵察に行く。この後の12/11に忘年会のついでに行った岩登りの敗退のときに神社で出会った猟師の話で雪彦山は私有地であることが分かった。私有地なので所有者の関係者らしい個人が天場代を次の日帰るときに徴収しに来たのはそのためだったのかもしれない。25000分の1地形図の「雪彦山」から出ている尾根に地蔵岳があるとおもって一度地蔵岳の北の尾根に登ってしまう。不行沢の水量はわずかであった。偵察の時人がいたのでこれは地蔵岳だなどと教えてもらい助かった。「出合い」の看板のある所まで下りて,藤原は展望台によって帰るので別れた。小宮はローラースケートで転んで負傷していたのでそのままテントに直行した。冷たい水で白菜を洗っていると藤原が帰ってきて,パンにコーンスープをつけておやつとした。昼寝をして4時から野菜ラーメンを食べた。


11/20 晴れ テント7:25-7:55取り付き・登攀開始8:20-11:00登攀終了-大天井岳12:00-1:20天場
 7時に他のテントの声で目覚める。テントが湿っていて外は霧がかかっていたが天気は晴れ。
 1ピッチ目 小宮リード(以下略) 支点一つはボルトで取り、もう一つはナッツを使って岩にかけた。残置ロープ・ボルトのある所でピッチを切る。
 2ピッチ目 藤原 支点4つぐらい。ハングの手前まで。
 3ピッチ目 小宮 ハングは無理と見て,ノーマルルートを登ることにした。前半は支点がたくさんあるものの後半は少なくなりハーケンをうった。藤原がそれを外した。ロープの流れ悪し。
 4ピッチ目 藤原 傾斜が緩くなってきてしまいにコンティニュアスで歩く。
 5ピッチ目 小宮 稜線伝いに登ると遭難碑があり、もうひと登りしてピッチを切り、またまた少しコンティニュアスで進む。
 6ピッチ目 藤原 簡単。登ったあとが最高だったらしい。3人のパーティーに追いつかれて登攀終了。
 おわりに、藤原は岩の準備と体調をしっかりと調整していた。高所恐怖症も忘れたかのように平気だった。


 その後12/11に今度は不行岳一般ルートと三峰一般ルートを登ることに行く10日前に決まり、岩トレをほとんどしないままに行ってしまい、2ピッチ目の藤原リードの時5mほど落ちた。十分な練習をしないで行くのは危ないと思った。また練習をしていてもすいすい登るのとなかなか登れないのとの違いも認識しないといけないと感じた。なかなか登れないけど登れたのならまだいいが、登れなかったのなら岩トレをしたことにならないと考えられる。その点今回は岩トレをしないで行ったのと同じになってしまった。今後こういうムチャなことは慎まねばならない。(小宮勇介)


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