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根子岳スキー(記:澤田仁平)
1997年3月26日〜29日


メンバー 澤田仁平(4) 見上竜雄(3) 小宮勇介(3)

3/26
大阪-上田

 大阪を昼頃出発し、夜遅くに上田駅に到着してステビバ。この日は松本で安室奈美恵のコンサー
トがあったらしく、松本-篠ノ井間はコンサート帰りの女子中高生で大混雑。荷物の多い我々を見
る目は冷たかった。


3/27 濃霧
駅7:15−8:15菅平高原−8:30スキー場13:00−13:50BP

 始発のバスでスキー場に向かう。終点の「菅平高原」で降りるが少しいきすぎたらしい。あわて
て戻る。春休みということもあってか、スキー場は地元の子供たちで賑わっていた。
 午前中はスキー場で練習する。片隅にザックを置いて早速リフトに乗る。皆、なれないテレ
マークターンに苦労する。たいして上達しなかったが、計画どおり午後からスキー場より上にある
避難小屋目指して出発。リフトの終点でシールをつける。しかい濃いガスのため視界は非常に悪
い。加えてこの山はとてもなだらかで、現在地の把握もままならない。地図とコンパスを頼りに前
進するが、結局小屋まで行くのは諦めて、途中でツェルトを張る。スキー山行はポールの代用品か
たくさんあるので便利である。日の暮れる頃には天候も回復し、星明りで根子岳の輪郭を捉えるこ
ともできた。就寝前には風も完全に止んでいた。


3/28 快晴
BP6:30−7:00避難小屋7:15−9:20根子岳9:40−11:00小屋

最高の天気だ。BPから、目指す小屋もピークもすべて見えていた。喜び勇んで出発する。小屋
にはすぐに着いた。小屋は、スキーコースから少しだけだがずれた場所に建っていた。もし昨日あ
のまま突っ込んでいたら、見つけるのに苦労しただろう。小屋に荷物を置いて、アタック装備で再
出発。快適な登りが続き、程無くピークに着く。いよいよ下りである。
このルートは一応下のスキー場のコースになっているようで、数十m間隔で標識が立っていた。
ヘリコプターで山頂付近まで運んでもらって滑っているスキーヤーも(2人だけだったけど)いた
シールを外して出発するが、3人ともとにかく下手である。しみじみと下手だった。それでも喜々
として交代で写真を取り合ったりしながら下る。一日の長がある澤田の滑りが一番ましだったが、
それも知れていた。何度転んだことだろう。見上はなんとかテレマーク・ターンをきめようと努力
していたが、技術が伴っていなかった。小宮はあまり転ばなかったが、滑り方がテレマークのそれ
ではなかった。不思議な滑りだった。彼はテレマーク・ターンの習得にも興味がないようだった。
小屋に着いてからは、日なたぼっこしたりしてノンビリと過こした。明日の好天に期待しつつ寝
る。


3/29 晴れのち曇り
小屋6:30−8:20根子岳8:30−10:45四阿山−14:20四阿山高原ホテル

全装備を担いで出発。根子岳までは前日と同じくスキーで登る。ピークでワカンにはきかえる。
梶子岳からの下りはスキーでは無理である。四阿山への登り返しも結構傾斜があって、スキー初心
者にはワカンの方がいい。四阿山頂すく手前で荷物を置き、空荷でピストン。写真を振っただけで
そそくさと引き返し、スキーにはきかえる。しかし、コース上に生えている木々が邪魔で、なかな
か思うようには滑れない。やむなくスキーを脱いでツボ足で下ることにする。小宮だけはそれを恒
否し、スキーで滑り下りようと試みていたが、2〜3mことに木にぶつかって転んでいた。しばら
く下ると、進行方向左手にスキーコースが見つかコた。何のことはない、ただのルートミスであっ
た。歓声をあげながらぐんぐん下る。さらに行くと、急に視界が開けて一面の雪の斜面が目の前に
広がった。牧場だろうか。行けども行けども雪の斜面が続くばかり。歓声は雄叫びへと変わり、な
おもぐんぐん進む。斜面が緩いのでいくら下手な我々でもそうそう転ばない。とっても愉快だ。ま
たも写真を撮り合う。
やがてその斜面も終わり、林道が現れた所でスキーを外す。少し歩くとホテルがあったので電話
を借りてタクシーを呼ぶ。タクシーの運転手は親切で話好きだった。

根子岳の斜面は非常に趨く、読図は困難だがスキーコースとしてはかなり易しい。今回のような
初心者だけのパーティーでも問題ないだろう。逆に中級者以上はかなり物足りないコースだと思う
テレマークはとても楽しいです。同好の士求む。


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