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奥秩父・笛吹川東沢-釜ノ沢遡行(記:池本貴浩)
1996年9月7日〜9月8日


メンバー 池本貴浩(7) 森永剛(卒) 原田佳恵(卒)

9/7
JR塩山駅−バス−西沢深谷入口−村宮西沢山荘

 9/6 23:55 にJR住吉駅を出発。野洲でステーションビバークをする。早朝に再び電車に
乗り、塩山へと向かう。16:00 の待ち合わせ時間通りに、森永OB・原田OGが東京から到着した
全員で食料の買い出しをして、バスに乗り込む。
 バスの終点から、さらに歩いていく。途中の河原にテントが数張はってあった。おそらく我々同
様、東沢に入谷するのだるう。村宮西沢山荘は開放しておらず、すぐ横の平らな場所で泊まること
にする。夕食を作って酒を飲むが、クモなどの虫が所構わず(身体含む)はい回って閉口した。


9/8 晴れ後曇り
山荘4:55−7:20釜の沢出合−8:35両門の滝8:55−11:55甲武信小屋13:00
−16:05戸渡尾根登ロ−16:25西沢深谷入口−バス−JR塩山駅

 長丁場が予想されるので、3:30 に起床。必要のない荷物は小屋の裏に置いて行くことにする。
なかなか明るくならず、5:00近くまで侍って出発。
 二股の少し先から北へ行き、東沢の河原に出る。水量が少ないのか水につかることなく左岸へと
徒渉し、登山道に入る。
 登山道は思ったよりはっきりしているが、一部崩壊している。残念ながらホラノ貝はよくわから
なかった。山ノ神に着き、遡行の準備をする。原田OGは白のガリビエールのメットに赤の雨具と
いう昔ながらの部のスタイルだ。あのころはみんな若かったなあと懐かしむ。
 東沢は左右から滝が流れている以外は、単調なゴー口歩きである。釜ノ沢出台はペンキで「釜ノ
沢出合→」と書かれ、ケルンもあるのではっきりとわかる。この先もずっとケルンなどの目印があ
り、迷うことはまずない。いくぶん興醒めではあるが。
 釜の沢に入ってすぐの魚留ノ滝は、左岸をブッシュ沿いに登る。ザイルは使用せずにすんだ。さ
らに沢をつめていくと干畳のナメである。すばらしく純粋なナメに、全員感嘆の声をあげる。その
後はゴー口の河原歩きが続く。6 mの滝は直登しようとするが失敗、左岸を高巻〈。
 歩いていると.大きな滝が二門流れ込んでくるのが目に飛び込んできた。「両門の滝」だ。小休
止をして滝を眺めていると、満ち足りた気分になってくる。ここは右股の左岸にある踏み跡をたど
り、巻きぎみに登る。15mとそれに続く6mの滝は、それぞれ右岸、左岸を高巻く。
 以後は広い河原状になり、水も少なくなっていく。不安になり水を汲んでおく。さらに歩いてい
くと完全になくなってしまった。 「いくら何でも早すぎる」「水が少ないのか」などと話しながら
進む。しばらくすると水量が復活してきた。皆で一安心する。
 河原を過ぎるとナメになってくる。同時に傾斜が急になり、今登っているのが滝なのかそうでな
いのかわからないほどだ。急斜面をひたすら登っていた3人の前に、小屋のようなものが見えてき
た。一体何なのか様々な意見がとびかったが、結論は「行けばわかる」だった。登ってみると、甲
武信小屋の水場だとわかり、ほっとする。
 水場で靴にはきかえる。そうこうしているうちにガスが下から昇ってきた。とりあえずは小屋ま
で行き、頂上アタックするかどうかを考えることにする。
 甲武信小屋に到着。熊のようなセント・バーナードがいた。森永OB持参のパスタと池本のキン
ピラごほうを作って食べることにする。森永OBの新品の食器を使って調理したが。傷つくだのこ
げつくだの言ってやたらと心配していた。むちゃな作り方をしたのでちょっと失敗したが、腹が減
っているのでおいしい。そうこうしているうちに結構な時間が過ぎた。森永OBと池本は甲武信岳
3年前の春に全縦したさいに登っている。どうも天気はよくならない。よって、原田OG一人だ
けで頂上アタックする。
 いよいよ下山である。少々疲れが見えるものの、まだまだ元気である。数パーティーとすれ違い
ながら、戸渡尾根を下っていく。一部迷うような場所があるが、ごく一般的な登山道である。
 急に見覚えのある景色が広がった。登山口だ。バス停のある西沢渓谷入口までもう少しである。
山荘においてきた荷物をとり、再び歩き始めた。バス停に到着して荷物を下ろす。山行の成功を
みんなで祝い、終了である。いや〜、疲れた。


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