春山・南アルプス白根三山 報告書

【メンバー】
CL:野辺(3)武智(5)上野(2)中堀(M1)

【日程】
3月4日~3月15日

3月4日 曇 霧 雨
奈良田部落(9:00)尾根取付き(10:30)1800㍍付近TS(15:20)

 JR身延駅からのバスに揺られること一時間半ほど。大きなダムが見えてくるとそこが奈良田である。これから温泉郷として発展していこうとする気概が部落のあちこちにある看板から感じられるが人影はない。見渡す限り山は青々としており雪の気配はない。笹山尾根の取付きにはダムの送水管がありその階段から取付いた。手前では「農鳥小屋の者だが」という人に出会い「ふ~ん、笹山尾根、2時間でここまで、3時間でここまできますよ」とひざ上と胸を差して雪の深さを示唆した。しかし尾根の序盤は笹薮こぎである。と、急に雪が出る。農鳥小屋の人の言ったことが気にかかるが1人12分くらいのラッセルを繰り返しひざ程度の雪と格闘し1800㍍付近着。道に境界見出標なるものが現れ、尾根の途中まで我々に付き合ってくれる。

3月5日 曇 霧
TS(6:30)黒河内岳TS(17:10)

 4時半起床。きょうは笹山尾根を終了の予定でやぶこぎ&ラッセルで1000㍍の高度をかせぐ日である。昨日ひざ程度だった雪は1932㍍付近から股ぐらい、ひどい時には胸まで来る。雪質は重い。しかも尾根上はスギ科の木(?)が密生しており体力の消耗は激しい。さらに2300㍍付近の雪原を2560㍍と間違えてそこから笹山までの行程が非常に辛くなった。2560㍍に着くと15時半くらいであったが登ってしまうことにする。最年少、若い上野もさすがに「しんどい」と言い中堀さんは「8時間を越えると・・・」と疲労感が漂い、武智さんのラッセルの足も震えている。私のもリーダーであるという意識が体を動かしていた。笹山に着く頃には陽が赤くなっていた。しかし夕焼けの中着いた笹山の展望は素晴らしい。荒川三山、塩見、そして富士が遠くにそびえ立つ「山に在る」という意識は高まり、また素晴らしい疲労感、満足である。

3月6日 晴 晴 曇
TS(9:20)大門沢下降点TS(16:30)

 昨日の行程を考え7時起床とする。きょうの行程は多少楽な気がする。空は晴れわたり気分が良い。稜線上はひざくらいのラッセルである。それを越えるとくるぶしくらい。上野は広河内まで延々トップで行く。体力精神力の充実を感じさせる。広河内岳まで来ればあとは下るだけ。大門沢への下降点はすぐである。大門沢は確かに雪崩そうではあるが下り方を考えれば下りれぬことはない。偵察していると自分と同じように動くかげ。「なんじゃ?」と思うとこれがブロッケン現象であった。うれしくなって暴れまくっていると見えなくなる。これは自分の影しかみえないものらしい。はたから見ると暴れている姿は間抜けである。

3月7日 霧 霧 雪

 6日22時の天気図をとりきょうは休養を兼ね沈澱とする。低気圧は今日中にぬけるはずだった。まあゆっくりしましょ。

3月8日 晴 霧 晴
TS(8:10)ビバーグ(9:10~13:00)大門沢下降点TS

 高気圧が広がり晴天ではあるが冬型気圧配置のため風は強い。多少迷ったが出発することにする。しかし1ピッチも歩かないうちに風は烈風となり真直ぐ歩くのが困難になり雪の深さに不安を感じ引き返すことにする。だが風はまともに立っていられぬ程になり、斜面を少し下った所でツエルトビバーグ。レーションを食べ紅茶を飲んで落ち着いたところで外に出るが風は勢いを増すばかり。視界も悪くまたツエルトを張る。しかし張るといっても足で尻でザックで必死にツエルトを押さえているだけである。突風はツエルトを通じ我々の頭をなぐる腰を浮かせてしまう。本当にすごい。小用に立った武智さんと上野は御想像の通りになって帰ってくる。合計で4時間ぐらいいただろうか、富士山を見る余裕が我々にできたころ風は弱まった。ツエルトの偉大さと富士の大きさを実感しつつ、元のテン場に帰ったのでした。

3月9日 快晴
TS(8:30)農鳥岳(9:45)西農鳥岳(11:00)農鳥小屋(12:00)間ノ岳TS

 きょうは無風快晴とも言える天気。富士が黒く見える中農鳥へ行く。夏道通しに斜面を切り、農鳥の肩まで。そこからはアイゼンの世界だ。農鳥へ着くと丸い間ノ岳が見える。早くも360度の展望、とりあえず握手である。西農鳥までも夏道を行く。足首の痛くなるようなトラバースを繰り返すと西農鳥岳に着く。下りで夏道はクーロアールをトラバースしているが、我々はその左の岩稜帯を下る。農鳥小屋は埋まっており屋根がわかる程度。いよいよ間ノ岳への登りである。途中道を外れるがどこからでも登れる。しかしそれは裏を返せばガスると何だかよくわからないということだろう。間ノ岳ピークは広く視界全開。南アの山々、富士、中ア、何もかもが見える。風もない、心配していたTSはすばらし所だった。

3月10日 快晴
TS(6:30) 北岳(9:10)間ノ岳TS(12:20/14:00) 三国平越TS(15:20)

 ついに日本第ニの高峰、北岳アタックの日である。荷が軽いため快調なペースで行く。空は晴天アタック日和である。北岳山荘まで1ピッチ。立派な小屋で冬期入り口が北岳側にあった。北岳を末端から見上げると意外に登りにくそうな岩稜帯である。夏道はその西側についているようだ。基本的に道にそって行く。結構いやなトラバース等あるが、ある程度のアイゼンワークがあればザイルは不要であろう。1ピッチで池山吊尾根との分岐に出る。八本歯のコルはやはり切れているようで先がよく見えない。さらに岩稜の西側を強引に登ると頂上はすぐそこだった。さすがに風が強いのか立派な雪庇が出ている。登ると富士より高く感じたのは私だけだろうか。南ア北部の鳳凰三山、甲斐駒、仙丈がよく見える。「日本で今子の高さにいるのは我々を含め何人か?」と某2回生。北岳はそんな所だ。下りは半時間で終わった。足を動かすに任せTSに戻る。それからゆっくり茶をすすり、撤収し出発。三峰岳へは複雑に雪庇の出た細い稜線だが適度なラッセルで安全な歩行ができる。あっという間に三峰岳。頂上は狭い。三国平は風が強く幕営には適さなかったので2750㍍付近の南側斜面に幕営した。

3月11日 快晴 快晴 晴
TS(6:30)2719㍍付近(14:00)

 「きょうの行程は楽なはずだ」と出発。しかし隊には疲労感も見える。井川越から熊ノ平小屋を見に2695㍍をトラバース。きれいな丸木の小屋である。安倍荒倉から新蛇抜山までは公園の丘を歩いているような錯覚がおこる程高度感がない。しかしラッセルはひざ上をキープしている。北荒川は夏道を行きかけたが稜線上が正解ルートでずいぶん早くいける。2719㍍までヒーヒー言って登り塩見岳の見える所まで回り込んで幕営。ここで初めて他パーティーと遭遇する。「光岳から白根三山まで」と言う2人組に「不良社会人か?教師か?働け何やってんねん」と通り過ぎてから言葉を投げる。B隊の行方を案じ聞いてみたが、答えには収穫はない。「下りたで説」が有力になる。

3月12日 雪

 きのう黄海に現れた低気圧が発達しながら日本を駆け抜ける。白玉粉のような粒の雪がバチバチテントに当たり、見る見るうちにテントは埋まる。上野のメットも行方不明となってしまう。

3月13日 晴

 晴れてはいるが風は強い。出発の準備はするが塩見の雪煙を見て諦める。出たそうな者数名!しかしリーダーは一言つぶやく「沈澱は沈澱」

3月14日 快晴 晴 晴
TS(6:20)塩見岳(8:20)塩見小屋付近(9:10)三伏峠小屋(15:10)

 待ちに待った塩見岳越えである、はじめの急登から肩までは1ピッチ。ピークまでの稜線もかなりの積雪があるがアイゼンの世界。時々雪板が「ボコッ」と無気味な音をたてる。後ろにはひびが入る。気は抜けない。1ピッチも行くと頂上。最後の3000㍍である。今まで歩いて来た笹山からここまで一つ一つ山を数える「悪くない」気分だ。しかしここからが核心部のはずである。武智トップで行く。塩見の下りは岩、雪、混じりの急な下り、と言っても無風快晴の塩見ではノーザイルで通過可能である。フィックスするとすれば出だしの所か。もちろん確実なアイゼンワークは必要である。次の天狗岩は南の雪壁を2度程トラバースするのだが、特に問題なく通過。拍子抜けする。権右衛門山は稜線上を越える。下りで今山行はじめてトレースを見つけた。ボチボチたどると三伏峠。

3月15日 雪 雨 曇
三伏峠小屋(7:30)塩川小屋(11:20)塩湯温泉(13:10)

 下山気分でいた我々に無情の雪。トレースは消え腰までのラッセルを強いられる。下山路は意外と難しい。夏道を正確にトレースするのは降雪後は考えた方がよい。我々は途中でトレースを見つけスイスイ。塩川出合では雪は雨に変わっていた。塩川小屋へはそこからひたすら川沿いを下る。塩湯温泉に入った我々は天然記念物という塩泉に狂喜する。風呂の有り難さを実感し体重の減り方に疑問する。「どこに消えたのかなあ」それは南アの空に消えました。