アイゼン合宿御嶽山行動記録ACKU-神戸大学山岳部

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【メンバー】
CL:岩澤(6)SL・装備:溝畑(2) 食料:坂本(3)、若林(3)装備:間瀬(1)サポート:矢崎(山岳会)

【日程】
11月19日~23日前夜発

文責:岩澤(6)

11月19日(金)アプローチ

レンタカーのハイエースに荷物を満載し、現役8人は神戸を発つ。サポートの山本さん、矢崎さんとは、現地で集合する予定だ。深夜の高速道路をかっ飛ばし、翌日未明に恵那峡SAで3時間の仮眠をとる。

風邪気味のメンバーが多いのが気になる。どうやら、先週の蓬莱峡アイゼントレで、伝染したようだ。

11月20日(土)入山晴れ 時々曇り
六合目中ノ湯(8:20)―飯森小屋(8;52)―金剛堂(10:50)―覚明堂(12:20)―ニノ池小屋BC(13:20)

午前3:30に起床すると、ちょうど山本さんの車が通りかかった。ここで仮眠してくるとのこと。

高速から下りて、木曽御嶽山六合目中ノ湯に向かう。途中で道を間違え、30分ほどタイムロスするものの、途中で山本さんと合流し、中ノ湯の駐車場には7時頃到着。やがて矢崎さんも到着し、2パーティ10名という、わが部にしては大所帯の隊が出揃う。我々、現役生の準備が遅く、少々もたついてしまったのが気にかかるが、頼もしいサポートを交え、にぎやかな出発となる。

天気は上々で、ここには積雪も無い。快適な入山である。少し歩くとすぐ汗だくとなり、みんなアウターやミドルを脱いだ。飯森小屋前で、早めの休憩。このあたりから、積雪が目につくようになる。

10時過ぎに、傾斜のなだらかなところで休憩をとる。この辺りの積雪は足首程度。先頭は、やや歩くのが大変そうだ。このあたりから先頭をこまめに交代しながら進んでいく。矢崎さんが先頭になったときは、急激に隊の進行速度が上がった。現役生も、この体力を見習わねば。

金剛堂でハーネスを、覚明堂前でアイゼンを装着する。いずれも装着にかなり手間取り、それぞれ20~30分ほどかかってしまう。不慣れなメンバーが多いとはいえ、もう少しスピードアップを望みたい。

稜線上に出ても、風は弱く、穏やかな天気だ。赤旗を3本ほど立てながら二ノ池小屋本館に到達。テントを設営し、防風壁を作る。さらに溝畑を中心として、トイレにも、簡易イグルーのような立派な暴風壁が設置された。日は山陰に隠れてしまったが、作業中は、暑くて汗ばむほどであった。ただ、坂本だけは、動いても寒くてしょうがなかったとのこと。

一通りの設営作業が済んだ後、テントに入って水作りを始める。一息つくと、岩澤、若林、坂本の3人に高度障害がはっきりと出る。夕食は、ペミカンをふんだんに使用したパスタで、非常に旨そうだったが、特に状態の悪い岩澤は吐き気もあって、食事が取れなかった。他のメンバーがもりもりと食べる様子を恨めしく眺めるのみである。

19時頃には、調子のほとんどの者は就寝する。元気な矢崎、溝畑は、隣のテントに遊びに行っていた。リーダーでありながら、不調に陥った岩澤。果たして、この合宿はうまくいくのだろうか。

11月21日(日)剣ヶ峰アタック・雪上訓練快晴
二ノ池小屋BC(7:25)-(8:10)剣ヶ峰(8;30)-(9:20)二ノ池小屋BC(10:15)-雪上訓練-(13:45)BC撤収(14:30)-(15:00)覚明堂前BC

5時半に起床すると、岩澤はほぼ完全に回復していた。食欲も十分で、大丈夫だ、問題ない。若林、間瀬は多少頭痛がする程度。ところが、問題は坂本だった。どうやら、完全に風邪をひいたらしく、熱があるようだ。前日、防風壁作りの作業中も寒がっていたが、あれは風邪による寒気であった。

坂本は、今日下山するパーティと共に下山することに決まった。頂上アタックの間は、テント内で待機してもらう。

朝の食事と出発準備に、かなり時間がかかってしまい、起床から出発まで、2時間かかってしまった。その間、吉田パーティを待たせてしまい、申し訳ない。だが、この日は完全に雲ひとつない快晴で、じっとしていても全然寒くない。彼らは待っている間、二の池南西の斜面で滑って遊んでいた。楽しげだ。

剣ヶ峰を目指して出発。吉田パーティは歩行練習のため、二の池南から直登するように登る。我々は登山道沿いに登る。そして頂上手前で合流。急な階段を登って剣ヶ峰山頂に到着。中央・南アルプス、富士山などが一望できた。本当にいい日に登れたものだ。

いったんテン場に戻る。下りはまた、吉田パーティと別々だ。せっかく見通しがいいので、読図の練習をしながら戻る。ここから見える継子岳周辺の山座同定はけっこう難しい。目の錯覚で、距離感がつかみづらいのだ。

テン場に戻ると、吉田パーティは撤収して下山の準備。その際、余っていた行動食をたくさん貰う。食に対して貪欲な私たちは、歓喜したが、よく考えると、体よく軽量化のために利用されただけだったのかもしれない。いや、仲間の好意をそんな曲解してはいけない。まあ、実際ありがたかった。

坂本を託して、吉田パーティを見送る。いよいよ我々は、合宿の本来の目的である雪上訓練を開始する。

歩行訓練は、この日のいい天気で雪が柔らかくなってしまい、キックステップの練習はできるが、アイゼン歩行の訓練にはならなかった。早朝に来ていれば、もう少し堅い雪を歩けただろう。

次は緊急停止、滑落停止訓練。雪質が柔らかすぎて、ピックがきちんと効いているか判断しにくいところがあったが、みな、なかなかうまくできていた。基本姿勢ができるようになった者は、頭を下にしたり、仰向けになったりした姿勢から練習した。これはかなりスリルがあり、実践的だったと思う。

そしてロープワークの訓練をする。スタンディング・アックス・ビレイによる、スタカットクライミングの練習だ。まずは岩澤・溝畑がやって見せ、次に若林・間瀬が実践する。これはやはり、慣れないとかなりの時間を食ってしまう。待つ身は寒い。

この日はまだ時間があったが、翌日以降の悪天候に備え、もしものときに撤退しやすいように、BCを覚明堂前まで下げることに決めていたので、ビーコン捜索訓練は、翌日に繰り越すことにして、テントに戻る。いったんテントを撤収し、すべての装備をザックに詰めて、移動。30分で覚明堂の前に到着。再び設営。

夜は静かに更けていった。

11月22日(月)継子岳ピストン(途中で打ち切り)雪
二ノ池小屋BC(6:45)-(8;12)賽ノ河原避難小屋(8:30)-(9:00)摩利支天山小ピーク-(11:30)覚明堂BC

昨日とは打って変わって、ぼふぁさぼふぁさした天気だ。雪が降る。

準備に手間取ったことを反省して、テルモスの水は、前夜のうちに熱湯を詰めておいた。多少は早く準備ができたが、まだ冬山に慣れていない分、やや遅い。

ハラハラと雪が降る中、ピストンに出発する。本来の目的地は継子岳だが、この後でビーコン捜索訓練もしなければいけないので、途中の小ピークである、摩利支天山の肩までを目的地とする。ここまで行けば、賽の河原の往復が含まれるので、視界不良時における平坦地での移動の訓練ができる。重要な訓練だ。

風が少しある。立ち止まると寒い。お鉢の上まで登ってからは、コンパスを頼りに、初日に立てた赤旗を確認しつつ進む。ニノ池小屋を過ぎてからは、今回はまだ踏み込んでいないエリアに入る。こまめに地形図を確認しながら進む。ほぼ登山道沿いに進み、ニノ池小屋新館前に到着。地形図で見ると、インベーダーゲームの自機のような形状の建物で、その砲身に当たる方向に広がる平坦地が、賽の河原である。地形図の磁北線と照合し、進行方向とコンパスを合わせる。ここから50mほどの間隔で赤旗を立てながら進む。雪の量が少ないので、風で飛ばされないようにしっかり立てるのに手間取ったが、30分ほど進むと建物群が見える。ここには避難小屋があるので、そこに入って休憩をとる。外から見ると倉庫のように見えて、ちょっと避難小屋だと判別しにくかった。この頃には風もやや強くなっていたが、小屋の中は快適だった。けっこうキレイで、詰めれば20人以上寝られそうだが、緊急時以外の宿泊は禁止されている。

15分ほど休憩後、摩利支天山の肩を目指して登る。特に苦労する場面もなく、目的のピークに到着。雪で見晴らしもないので、そそくさと引き返す。避難小屋でまた休憩をとり、賽の河原を通る。基本的にはコンパスを頼りに進み、目印の赤旗を回収しながら進んでいく。先頭の溝畑は、レンズが曇るからと、眼鏡を外して行動していたため、赤旗を発見するのにやや苦労していた。賽の河原を通過し終え、さらにニノ池小屋前まで進む。 風はかなり強く、軽い吹雪の状態になっていた。この状態でビーコン捜索訓練をするのは、かなりきついので、まだ時間はあるものの、この日はもうテントに戻る。

BCまで戻ってみると、テントが30cmほど雪に埋まっていた。軽く除雪する。テントに入ってしまうと、とてもヒマである。また、吹雪いている外に出るのを嫌い、みんなトイレに行くのを我慢していた。与太話で夜まで時間をつぶす。今回使用していた5人用アライテントは、背が高くて、風を受ける量が多いので、かなり揺さぶられた。

11月23日(火)下山晴れ
BC覚明堂(7:50) ―金剛堂 (9:10) ―六合目中ノ湯駐車場(10:20)

5時起床のはずが、寝坊して6:12に起きる。雪は止んで、空は晴れていたが、天とは半分雪に埋もれていたため、撤収にかなり苦労した。外に挿して置いていたピッケルやスコップもほとんど埋まっていたのだ。また、便の入った携帯トイレが一つ、雪に埋もれて紛失する。持ち帰るための道具なのに、かえってゴミを遺してしまうこととなった。本末転倒である。

入山の時には、チラホラと地面や岩が露出していたが、今はすでに完全な銀世界となっている。真っ白だ。膝上まで雪に埋もれながら、下っていく。時には腰上までハマることもあった。もし入山時にこのような積雪状態だったら、とても覚明堂に達する前に時間切れになりそうだ。金剛堂より下に下ると、徐々に積雪は減少し、飯森小屋付近では、日陰に残るのみとなっていた。

そして駐車場に到着。矢崎さんの車でJR恵那駅まで送ってもらい、駅の近くでみんなで昼食をとる。たまたま入った上海飯店なる店は、安くて非常に量が多くて旨いという、非常にいい店だった。山行の締めくくりに最適であった。

矢崎さんと別れ、どうしても風呂に入ってから帰りたい者と、そうでもない者に別れて。それぞれ神戸に帰っていった。

【メンバー】
CL・装備:吉田(M1)SL・食料:石丸(3) 平賀(M1)サポート:山本(甲南大OB)

【日程】
11月19日~22日前夜発

文責:吉田(M1)

11月19日(金)アプローチ

今年のアイゼン合宿のアプローチにはレンタカーを使った。人数は別パーティーと合わせて8人、賑やかな車内にであった。途中のサービスエリア(SA)で行動食をいただきながら恵那峡SA、この日はここでビバークした。就寝前、吉田はスパッツを忘れたことに気づく。

11月20日(土)入山晴れ 時々曇り

3時半起床。0時過ぎに寝たので、寝た気がしない。一行は入山口の中の湯へ向けて出発した。実は、今回の山行における一番の核心は中の湯手前の凍結した道路である。道路は凍結して白くなっていたが、若林の運転により難なく突破した。中の湯で山本さんと矢崎さん(OB)と合流し、山本さんによる点呼のようなものを受けてから入山した。ACKUのもう1つの隊が先行し、我々の隊はその後ろに続いた。雪は入山後すぐの木道にはなく、飯森小屋付近から現れ出し、女人堂付近から積雪量が増えてきたので、トップを交代しながら行くことにした。そして、覚明堂でアイゼンを装着し、二ノ池本館に向かった。到着後はテントを設営し、水作りをして順調だった。しかし、今回は野菜をペミカンではなく生で持って行ってため、野菜に火が通るのに時間がかなりかかった。調理時間の長さのあまり、一行は我慢できずになり酒やおつまみに手を出したため、夕食が若干あまり別パーティのメンバーに食べて頂いた。

11月21日(日)剣ヶ峰アタック・下山快晴

4:50起床。山本さんの提案で、登山道沿ではなく、二ノ池から剣ヶ峰までを直登した。

途中、特に危険な箇所もなく快適に登れた。頂上で記念撮影後、下山も登山道ではなく、二ノ池までの直下降ルートを通り、グリセードで斜面を爽快に下った。その後何度か、グリセードで遊んだ後、テントを撤収して、別パーティの坂本(体調不良)と共に下山した。帰神中、猛烈な渋滞に巻き込まれレンタカーの返却時刻をオーバーしたが、親切な店員さんが追加料の支払いを許してくれた。