北アルプス縦走行動記録ACKU-神戸大学山岳部

【メンバー】
CL・装備:溝畑(2)SL:岩澤(6)食料:間瀬(1)

【日程】
9月10日~19日前夜発

9/10日(金) アプローチ

岩澤・間瀬は予定より一本早い電車に乗り、芦屋で溝畑と合流。そのまま新快速に乗り敦賀へと向かう。朝の通勤ラッシュは思いのほか楽にやり過ごせた。一同、ザックの予想以上の重量と体積に不安を抱いていると、その姿を見たスウェーデンの留学生が英語で話しかけてきた。スウェーデンではどこでも幕営していいらしく、日本とは大違いだ。

電車にゆられ、今回はアプローチで乗り過ごす事も無く、すんなりと有峰口に到着。予約していたタクシーに乗り込み、人を車酔いさせるために設計されたであろう道路を1時間半耐え抜き折立に到着。キャンプ場は広く、トイレ2個、自動販売機完備でなかなかいい所であった。11日、12日の天気が崩れる予報だったので、赤木沢について考えながら就寝。

9/11日(土)
出発(5:00)…三角点(6:50)…太郎平小屋(9:00)…薬師峠キャンプ場(10:00)…薬師山頂(12:50)…BC(15:00)

4時出発の予定だったが、あまりの暗さに入山を1時間ずらす。入山口の小屋のポスターに『今年は熊の出没が“異常に”多くなっております。入山の際は熊除けの鈴を付けるか、声を出すなどして注意してください!』と書いてあった。

5時になり登山開始。熊除けと呼吸を整えるために皆で大声を出しながらポケモンしりとりをする。稜線までは急坂で、登りきった所にある三角点で休憩し、日差しが強いため帽子着用、日焼け止めを塗る。稜線からはなだらかな道で、日本アルプスの広大な景色を楽しみながらゆっくり進む。予定より早く太郎平小屋に到着し、そこの衛星電話で登山本部に入山連絡をするが、操作に手間取ったため50分浪費してしまった。そこから10分弱で幕営予定地の薬師峠キャンプ場に到着し、テントを設営、そして薬師岳アタックへと向かう。初めは森の中を進み、ハイマツ帯、ガレ場と道の様子が変わっていく。2600mくらいで間瀬に高度障害が生じて眠たそうに歩く。稜線上は日本海側からの風が強く、夏といえどもかなり寒かった。愛知大学遭難碑を過ぎ、山頂到着。十数体のお地蔵さんと、悪魔じみたグロテスクキューピーちゃん2匹が祀られた祠で記念撮影。山頂はガスで覆われ何も見えず、ただ寒いだけだったので、他の登山者と雑談をすませさっさと下りた。BCに戻ると夜から雨が降り始めた。天気図をとり、赤木沢のため翌日は沈殿の決定を下し、就寝。

9/12日(日) 沈殿

悪夢が起きた。テント内がかなり濡れている。調べてみたらフライが全く撥水しておらず、雨が中までしみ込んでいるのである。その影響で各自の荷物と岩間のシュラフはびしょびしょになる。雨は強く降り続き14時くらいに止んだ。トランプとゼリー作りで時間をつぶし、15時前に溝間は運動がてらに太郎平小屋まで天気を聞きに行く。天気予報は微妙だっだが、槍穂高の事も考え、天気が悪ければ稜線伝いに黒部五郎小屋まで突っ切る事にする。ご飯を食べ19時就寝。

9/13日(月)
出発(6:30)…太郎平小屋(7:30)…黒部五郎岳(12:20)…黒部五郎小屋(14:50)

3時起床。朝から雨が強く、前線通過の影響で昨夜は雷も鳴っていた。4時半にパッキングを済まし、雨が弱まるまで待機。降雨の合間をぬってテント撤収を撤収し出発。太郎平小屋で休憩をするが、あまりに雨が強く稜線上での休憩は避けたかったので、この時に行動食を食えるだけ食う。中俣乗越まで横殴りの雨が我々の体力を徐々に奪ってゆく。だがその時、目の前に現れた5羽の雷鳥が我々の疲れを癒してくれた。まん丸とした愛嬌ある雷鳥に対し間瀬はひたすらモフモフ欲求に駆られていた。中俣乗越を過ぎハイマツの稜線を進むと雨は止み天気は上向き、時折青空が雲の合間から見えた。だがここから核心の急登が始まる。ガスの中、ザックに殺気を覚えながらガレ場をダラダラと90分程登り、ようやく山頂に到着。その後は稜線ルートを通って幕営予定地まで進む。稜線ルートは、前半は岩質が荒く素手では痛くて手袋無しではキツいと思われるアスレチック風で、後半は奇麗なお花畑の中を進む楽しさ満載のコース。特に後半のお花畑は天気が良かったのでとても気持ちよかった。ここはそんなに危険ではないので、エアリアで熟練者ルートになっているのが不思議である。15:30に黒五小屋に到着。小屋の立地・景色は最高で、もう1日とどまりたいと思わせる程であった。太陽が出ていたので濡れた装備を乾かす。ご飯を食べ、19:30就寝。

この日は合計14羽の雷鳥と巡り会えた。

9/14日(火)

3:30起床。5時出発。初っ端から急な登りで、あとは稜線を進む。途中で雷鳥とチキンレースをし、稜線伝いに上下を繰り返しながら三俣蓮華岳、双六岳を難なく過ぎる。双六岳から双六小屋まではかなりの高低差があるため、頑張って稼いだ位置エネルギーを泣く泣く手放し小屋まで下る。双六小屋はいい所だったので、ここでも幕営してみたい。小屋から次の稜線まではまた急な登りで、位置エネルギーを蓄えたい、実は空飛べるんですよ、などぶつぶつ言いながら進む。稜線に出ると荘厳な槍ヶ岳とそれにつながる険しい稜線が目に飛び込んで来た。槍へと続く稜線は時折高度感があり、最後の方で鎖場があるので注意が必要。千丈乗越に着くとこの日最後の難関、ガレ場の急登が姿を現した。急坂な上に果てしなく長く、疲れきっている体には超こたえた。なんとか槍ヶ岳山荘に到着するとその直後、雨が急に降り、小屋に逃げ込む。登りきった時に降って運が良かった。この雨の影響で、山頂付近のはしごは危険だと判断し、山頂アタックは翌日の早朝に変更。雨はすぐ止み、空を見ると無数の星々が天で瞬いていた。狭いテントに疲れた体を3つ並べて就寝。

9/15日(水)

3:30起床。5時、槍のピストン。空身で登る(槍で荷物を担いで山頂アタックする人はいない)。登攀や高度感のあるはしごを登り山頂へ。雲海に反射する朝日がとても奇麗だった。6時出発。大喰岳・中岳・南岳を難なく進み、核心の大キレットへ突入。そしてここから悪夢が始まる。下りは問題無かったが、大キレット以降は笑顔が消えた。細い稜線を進むとまず馬の背に到達。馬の背に乗るような感じで信州側から飛田側に乗越すわけだが、高度感が半端無く怖い。もちろん落ちたら終わり。これを越えた所で溝畑はダウンし岩澤さんと先頭を交代する。岩間はクライミングが上手なお陰かさくさく進み、溝はふるえながら必死に付いて行く。長谷川ピーク(ここも怖い)もかにの横ばいのように過ぎ、核心の飛騨泣きへ。岩澤さんが『え、これ冗談じゃないの?』と言うくらい意味不明な道で、岩溝はここでスリングとカラビナで安全帯を作るが、間瀬はカラビナを持つ方が危ないとの事で何も付けずに進む。足を滑らせば確実に終わり。鎖に掴まりながら絶壁に付いてる人口ステップ上を慎重に歩き、楔や鎖をよじ登り、飛騨泣き通過。この際、間瀬は時計を落とした。休憩をとるが溝畑は茫然自失のため、実質ここから岩澤さんがCLとなる。あとは北穂高山荘までひたすら岩稜登りで、高度を感じながら登る。大キレットは、堡塁東稜の下部をノーザイルで登れないと来てはいけない、くらい危ない。北穂高山荘に津着くとまたもやタイミングよく雨が降り始めた。またまた運が良い。だが、この雨が更なる悲劇を呼ぶ事となる。

雨は降っているが、核心は終わったから雨の中穂高岳山荘まで突っ切ることにする。だがしかし、細心の注意が必要なルートは北穂~涸沢岳間だった。簡単な岩稜歩きだと油断したが、道は徐々に険しくなり、また雨も強くなる。人によっては浮き石や不安定な場所が多いので北穂~涸沢岳間の方がキレットより危ないと言う。雨で靴の摩擦はほとんど効かない状態。極めて危険だが、引き返すのも危険であるため進む。溝畑は始め先頭だったが、危険なため岩澤さんと交代し、さらに溝畑が危険なため岩間の間に入れてもらう。岩澤さんの冷静なリーダー湿布が無ければここで消えていただろう。雨で鎖は滑りやすく、逆に持った方が危ないと間瀬は言っていた。鎖が無くても溝畑は滑った。滑落事故や時間切れなどの事態を想定しながら3時間進む。涸沢岳の標識が見えた時は一同ホッとした。無事に生還できて本当運がいい。そのまま穂高岳山荘に到着し幕営手続きを済ませる。その際、遭難対策基金の募金箱に、ケチな3人が自らお金を投入するという怪奇現象が観測された。雨は翌日も降るので沈殿判断を下し、ご飯を食べ、浸水したテントで疲れた体をやすめた。

9/16日(木) 沈殿

雨は一日中降り続いた。浸水するテント生活に飽き飽きした溝間は穂高岳山荘に居座りぐーたら時間をつぶす。途中から岩澤さんも加わりお絵描き大会をする。翌日は行動できそうな天候であったが、溝畑の必死の抵抗のすえ、奥穂・西穂を省き、涸沢から下山することにした。今思うと登りたがっていた間瀬には申し訳ない事をした。

9/17日(金) 下山・帰宅

3時半起床。5時出発。その日のうちに帰神するために超高速で上高地まで下る。温泉に入り、試食品を物色し、そばを食べ、電車に乗る。塩尻の乗り換えに失敗し、急いで下山したのに岩澤さんが帰れなくなる。それを爆笑していた溝畑も帰れない事が判明。間瀬は名古屋に帰り、岩溝は近江長岡駅のベンチでさらにもう一泊して、この山行は終了した。