中央アルプス(木曽駒ケ岳~空木岳)縦走 報告書

【メンバー】
岩澤(CL) 吉田(SL・食料) 中澤(装備)

【日程】
9/2~9/6

9月2日(水) 晴れ
アプローチ→16:45大原上バス停→17:30木曽駒高原スキー場

 この日は六甲道から青春18切符を使い、鈍行で中央本線木曽福島駅へ向かい、そこからバスでコガラ登山口まで向かう予定であった。天気予報では、我々の入山期間を狙いすましたかのように3日から5日にかけて雨の予報である。
 岩澤、吉田の二名は遅刻して駅に現れるが、予定していた9:10の電車には間に合う。延々と電車を乗り継ぎながら木曽福島へ到着。吉田、中澤は少し離れたセブンイレブンに買出しに行く。バス出発の5分前まで戻ってこないので、あせる岩澤。16:04に出発したバスの中で、中澤がくれたおでんの玉子を食べ、3人は精をつける。
 終点の大原上バス停にはきれいなトイレがあり、冬でも水の補給ができそうだ。ここから林道を歩いて登山口を目指す。途中で車が通りかかり、ヒッチハイクをしようとするも、シャイな3人は、親指一本が立てられず、車はむなしく通り過ぎてゆくのであった。道中「つまらない話」「落ちのない話」などで気を紛らわす。3人のツボにはまったのは「栗御飯にしてやろうか!」という謎のセリフである。
 そうこうするうち、木曽駒高原スキー場に到着。ここは広い屋根付きのデッキがあり、すぐ脇に湧き水が大量に流れ出ているため、ここがビバーク適地と判断。登山口までまだ20分ほどあるが、ここで今夜はビバークする。電車での移動と車道歩きのため、予想外に疲れていた。就寝時には雨が降り始める。

 9月3日(木) 曇り のち 雨ときどき雷
5:50スキー場→6:15登山口→7:19四合半の力水→9:13七合目小屋→10:40麦草岳→13:40玉ノ窪山荘→15:15木曽駒ケ岳→15:45駒ケ岳頂上山荘

 3:30に起床するも、雨の音がするため、明るくなるまで待機することに。5:00になってから再び起きるが、水の音は相変わらず。しかし、ふと屋根の外に出てみると、まったく降っていない。どうやら、湧き水の流れる音と、木や屋根からの雨垂れの音を、雨と勘違いしたようだ。
 出発する頃にはすでに夜は明け切っていた。車道を少し歩くと福島Bコースのコガラ登山口だ。登山届けを投函し、登り始める。急登を休み休み登ると、「四合半の力水」の標識。ここで水を汲むのだが、名前が大層なわりに、水の出は細く、汲むのにかなり時間がかかってしまう。小さな羽虫がうようよいて煩わしかった。
 その後もやや急な登りが続き、傾斜が緩やかになってきたところで、七合目の小屋に到着し、中に入って大休止をとる。半分が二階建てになっているきれいな小屋で、20人くらい泊まれそうだ。あまりに居心地がいいので、気付いたら30分経っていた、長く休みすぎである。
小屋から出ると雨が降り出していたので、カッパを着る。ここからは麦草岳に向けて、通常ルートと分岐し、稜線沿いのマイナーなルートを行く。あまり登山者が入っていないようで、草木が生い茂り、やや歩きにくい上、羽虫がまとわりついてきてイラつくので、無駄に体力を消耗した気がする。駒石の手前で森林限界を越えたが、這松が足元を覆い隠し、先頭の吉田はルートファインディングに少々難渋する。 麦草岳を過ぎてすぐに、道を見失い、地形図を見ながら検討する。それらしきところを進むと、ナイフリッジに出る。かなり岩が脆く、落石も頻発して怖い。どうやら稜線に忠実に進み過ぎて、本来の登山道から外れてしまったらしい。特に南西側がボロボロに切れ落ちていて、滑落の危険が大きい。ちょっとしたバリエーションルートより怖い。
 12:10ごろ、ようやく明確な人跡を確認し、登山道に復帰したので、小休止をとる。さらに進み、13:02、コル状になった牙岩の分岐にて標識を確認していると、雷が鳴り出す。そのため、予定していた稜線沿いのルートではなく、トラバースして玉ノ窪山荘に向かうルートをとることにする。雷の鳴り出すタイミングがもう少し前後していれば、稜線の上で雷に見舞われるところであった。
 玉ノ窪山荘に逃げ込もうとしたが、運悪く臨時休業中で鍵が閉まっていた。9月第1週の平日であることを考えれば、無理からぬことだ。しかたなく、1.5m四方の軒下で雨を避けて待機する。雷雨はなかなか治まらないので、防寒着を着込み、お茶を沸かして飲みながら、身を寄せ合って寒さに耐える。1時間ほどしてようやく雷が遠ざかり、雨も弱まったので、木曽駒ケ岳山頂に向かう。翌日に登る予定である宝剣岳の険峻な尾根がよく見えた。頂上木曽小屋にて、この日初めて人間に出会う。小屋の管理人らしきおじさんだ。おじさんから、駒ケ岳頂上山荘のテン場について少し情報をもらってから、木曽駒ケ岳山頂に至る。雨は止み、目下近くにテン場が見え、登山者も1パーティいるようだ。雨宿りがつらかったため、悦びと安堵もひとしおである。ところで、この山頂には木曽福島側と駒ヶ根側に、それぞれお堂があり、両集落で別々の起源から駒ケ岳信仰が興ったことを象徴している。
 休憩をとってから歩き出すが、油断したためか、誤って西の馬ノ背方面に歩き出してしまう。すぐに引き返し、10分下れば、そこは広々とした整地の広がる駒ケ岳頂上山荘である。雨が止んでいるうちにテントを張る。小屋は休業中だったので勝手に張らせていただく。岩澤が天気図を取る間に、吉田、中澤が水を汲む。小屋の裏に、水の供給施設があり、バルブをひねれば水が出た。
 天気図と携帯電話から入手したweb情報によれば、翌日は「曇りのち雷雨」の予報。沈殿の可能性も視野に入れ、翌日の行動計画を練り直す。檜尾岳避難小屋までの行動にするのが妥当ではないかという話に落ち着いた。夕食はペミカンを用いたカレーライスだったが、ラードが多すぎて「油ご飯・カレー風味」になってしまい、非常に旨いが非常に重い食事となった。20:00就寝。

9月4日(金)薄曇り のち 雨
6:45頂上山荘→7:43宝剣岳→9:13濁沢大峰→10:30檜尾岳→10:40檜尾岳避難小屋

 4:00起床のつもりが、なんと1時間も寝坊し、5:10に起床する。出発準備にも時間がかかり、日の出から2時間以上の時間をロスしてしまった。しかも天気は悪くない。
 ツアー登山らしき中年団体が駒ケ岳に向かうのを見つつ出発。中岳を経て、宝剣岳の鎖場を登る。三点支持の必要なところもあるが、整備されている分、昨日の脆いナイフリッジほどの危険は感じない。宝剣岳山頂に到ると、南東に中央アルプス、北西に木曽御岳が一望でき、眼下には雲海が広がっていた。山頂は狭く険しかったが、てっぺんの大岩に登って少し遊ぶ。そして、北面より急峻といわれる南面を下る。とはいえ、特に大きな危険も無く、そこから平易な稜線歩きとなる。
 濁沢大峰に着いて休憩中に、雨が降り出したのでカッパを着る。ここから檜尾岳までは、また所々に鎖場がある。雨が降ったり止んだりするので少々怖いが、それでも一般ルートなので、大きな困難は無く、檜尾岳に到着する。東に檜尾岳避難小屋が見える。
 もともと前日の話し合いで檜尾岳避難小屋をつかうことを視野に入れていたので、ここで改めて相談し、天候悪化が確実であることを理由として、避難小屋に宿泊し、下山には予備日をつかうこととする。避難小屋までは10分であった。
 きれいで立派な小屋で、カートリッジ式のトイレが併設されている。利用料は1000円で、宿泊可能人数は15人といったところか。水場までは片道5分で、水量は細いが、問題なく汲めた。最初は小屋の中に我々3人だけで、平日ということもあり、今夜は貸切りかと思いきや、1人、2人とパーティが増えてゆき、最終的には小屋内に10人、小屋の周りにテント2張り分の人が泊まることとなる。我々はポップコーンを作たり、しりとりをしたりして時間を潰した。2時頃には雷も鳴り出し、雨が強くなる。翌日は天気が回復する見通しだったので、明日は早発ちして、池山小屋まで行くことを目標に、17時半ごろ就寝。

9月5日(土) 晴れ のち 薄曇り
3:40檜尾岳避難小屋→5:03熊沢岳→6:14東川岳→6:40木曽殿越→木曽義仲の力水(往復)→7:25木曽殿越→8:57空木岳→9:20駒峰→13:05池山小屋

 3:00に起床。まだ寝ている他の宿泊者に気兼ねして、ほとんど無言で朝食を済ませ、出発の準備をする。外に出ると夜明け前だが、快晴かつ満月で、ヘッドランプが無くても行動できるほど明るかった。檜尾岳から主稜線に戻り、広がる雲海を見下ろしながら南下する。やわらかな月光の下、ひんやりとした空気がとても清清しい。中央アルプスに縦走に来て良かったと、しみじみ感じた。
 熊沢岳に着く頃、東の空が白んできたので、日の出を待とうと休憩していたが、寒くなってきたので歩きながら日の出を迎えることにした。そして歩き出して数分後、ついに日の出の刻を迎える。世界が光で充ちてゆき、右に満月、左に日の出、眼下に雲海という、なんとも幻想的なシチュエーションの中、我々のボルテージも上昇していく。月がやさしく照らす静寂の夜が終わりを告げ、太陽が激しくきらめく白日の世界への交代劇が、今、まさに展開されているのだ。つくづく山に登っていて良かったと思うのは、このような神秘的経験の瞬間である。
 足元も良く見えるようになったので、難なく東川岳にたどり着く。ここから木曽殿山荘前のヘリポートが半分見える。木曽殿越の木曽殿山荘に到着したとき、岩澤が激しい便意に襲われていたので、トイレに入る。その間にあとのメンバーは木曽義仲の力水まで水を汲みにピストンする。非常時に備えて、各自の水筒のほか約5.5?、共同装備の水入れで余分に溜めておく。やはり水量は細い。この水汲みの帰り、吉田が水の入ったウェストバッグを5mほど落とす。ベルトが抜けてしまったようだ。すぐに回収できたので事なきを得るが、もし回収不能な場所に落としていたらと思うとおそろしい。
 全員揃ってから、一息つき、空木岳へ登る。高度差約360m、ひたすら登りである。ペースを抑えてじっくり足を進める。40分ほど歩き、半分を過ぎたかという辺り、標高2782地点がなだらかだったので小休止を入れる。「第一ピーク」なる看板が立っていた。そして8:57、空木岳頂上に到着する。素晴らしい天気と景観である。これまで歩いてきた道のりと、これから歩いていく道のりがはるかに見渡せる。駒峰ヒュッテと空木平避難小屋もくっきり見える。
 ここからは、前日相談したとおり、空木平避難小屋は使用せず、池山小屋を目指して尾根通しのルートをとる。とても歩きやすく、気持ちの良い道だ。駒峰ヒュッテはテラスがきれいなかっこいい小屋だ。20分ほど下ると、駒石と呼ばれる巨石がデンと構えている(初日に通った麦草岳付近にも同名の巨石がある)。非常に見栄えのする、魅力的な岩だ。時間に余裕もあるので、ここで30分ほど遊んでいく。クライミングシューズと確保道具があれば、ボルダリングが楽しめそうだ。
 その後はまもなく樹林帯に入り、ぐんぐん下っていく。ところどころで地形図を見ながら現在地確認をするが、読図力がイマイチである。登山道ははっきりしているのだが、冬場が少し心配になる。単調な部分も多いので、連想ゲームをしながら歩いていたのだが、答えを考え込むとペースが落ちる。やがて、我々より1時間半遅く同じ小屋を出発した、おじさん2人組に抜かれる。
 約4時間に及ぶ下りの末、池山小屋にたどり着いた。30人は余裕で泊まれそうな大きく清潔な小屋で、目の前には立派な水場があり、水量も豊富である。唯一のネックはトイレが異様に臭いことくらいだが、さしたる問題ではない。
それぞれ装備を干して乾燥させる。また、ペミカンの油が多すぎるので、紙に吸わせて油を少し抜く。その作業中、吉田が右足の薬指を、小屋内に侵入したミツバチに刺されるというハプニングがあった。すぐさま水で冷やし、針を抜き、毒を口で吸い出し、「ムヒアルファEX」を塗る。(針は実際にはよく確認できなかった。すでに抜けていたのかもしれない。)痛みが引いたというので、「冷えピタ」を貼り、経過を見る。
 夕食は豚汁と炊き込みご飯だった。両方とも非常に旨く、満足して眠りに就く。

9月6日(日) 晴れ
7:00池山小屋→7:14池山→7:42タカウチ場→8:15林道終点駐車場→9:15こまくさの湯→帰宅

 朝は、早く出発しすぎても温泉の開館まで時間を持て余してしまうので、5:30に起床し、のんびり準備する。吉田のハチに刺された足が腫れていたが、歩くのに支障は無い模様。
 笹の生い茂る道を登れば、すぐ池山だ。とくに見晴らしも良くなく、地味なピークだ。そのまま下るが、余裕があるので、ルートファインディングの練習をしながら進む。
 タカウチ場の分岐から少し進んだところに、野生動物観察棟なる建物がある。これも池山小屋と同規模の建物だが、宿泊を目的としたものではない。それにしても、中央アルプスには立派な小屋が多い。すごいぞ駒ヶ根市!
 途中で「篭りヶ沢の岩窟」なる名所があるようなので、登山道を外れて5分ほど歩いて見に行く。だが、期待はずれというか、予想通りというか、特にたいした見所ではなかった。昔のナントカ上人が修行した跡らしい。
あとは単調な下りである。林道をショートカットする形で登山道が通っており、だるい林道歩きをしなくて済んだのはうれしい。最後に車道に出たところで、そのまま車道を横断して、関係のない行き止まりの道(おそらく私有地)に入り込んでしまったが、すぐ引き返す。車道を5分も歩けば駒ヶ池に着く。下山完了だ。日曜日の高原ということもあり、観光に来た家族連れの車が駐車場を満たしていた。
温泉は10時開館なので、少し待った。全身の汚れと臭いを洗い流してから、駒ヶ根名物ソースカツ丼を食べて、バスに乗り、20分で駒ヶ根駅へ。吉田、中澤は神戸に帰り、岩澤は埼玉の実家に向かう。中澤は翌日の夕方には沢登りに出発するらしい。たくましいものだ。

反省点

準備段階の反省点

  • ペミカンのラードの量が多すぎた
  • 避難小屋の利用など、エスケープの検討が甘かった。
  • 冬季の資料をもって来るのを忘れた。
  • 雷への対策を十分知っていない。
  • 食糧計画で、初日が「各自準備」に変更となったのに、EPIの分量を検討しなおさなかった。
  • 補助ロープがあればよかった。(麦草岳の後の脆いナイフリッジ)
  • 読図、天気図作成などの技術を、下級生に教えられていない。
  • この地域でのNHK第二の周波数を調べ忘れた。
  • 岩澤、吉田に地形図の予備が無かった。今後は全員地形図を購入するようにする。
  • 吉田の地形図に、ルートや地名が書き込めていなかった。携行の仕方が悪く、ボロボロになっていた。
  • 吉田が新しいザックを使いこなせていなかった(フレームが前後逆など)
  • 吉田が筆記用具を忘れた
  • 中澤が長袖の服(ジャージなど)を省いてきて、雨に降られ寒かった。


  • 山行中の行動における反省点
  • 3日の朝、流水の音を雨音と聞き違え、出発が遅くなった。結果、雷に見舞われる。
  • 休憩時間が長すぎる場所があった。(初日の七合目避難小屋など)
  • 麦草岳以降で登山道を外れてしまった。ルートファインディングに問題があった。道を見失ってから地形図を見始めた
  • 岩澤が個人マットをザックに外付けしていて、木に引っ掛け、ゴムバンドを片方無くした。
  • 4日の朝、寝坊した。
  • 5日に池山小屋に着いたとき、その日のうちに下山が不可能ではなかったのに、予備日を使った。
  • 吉田が木曽義仲の力水からの復路で水を落とした。


  • 山行中の行動における反省点
  • ハイドレーションシステムは有用性が高い。今後、購入を奨励すべき
  • スポーツドリンクの粉末はある方がいい。
  • ラジ天セットに消しゴムと三色ボールペンを導入すべき。
  • NHK第一の天気予報も併用することを前提として、放送時刻、周波数を事前に調べる。