2009夏合宿報告書

【メンバー】
CL:石丸(2)  SL:中澤(京大ワンダーフォーゲル部4)  装備:佐久間(1)  近藤(M2)  岩澤(5)
 ※近藤は8/12~8/14

【日程】
8月10日~17日 前夜発アプローチ 予備日3日

文責・石丸(2)

8/9  ~アプローチ~

 六甲道駅に12:30に集合。石丸は時計が狂っていることに気づかず1分遅れる。青春18きっぷを使い、何度も乗換をしながら富山地鉄の立山駅までアプローチする予定。佐久間のザックは登山歴零にしては外見上はきれいな形だった。見送りに来ていた尾崎OBと途中入山の近藤にサイダーとたこ焼きを頂き、ホームで消費する。
 芦屋、敦賀などで乗換をしながら富山駅に到着。コンビニで食糧を買い込んですぐに富山地鉄に乗り込む予定だったが、終電に乗ることにして8番らーめんで最後の晩餐を食らう。夕飯を食べ、各々が各々の方法で時間をつぶした後富山地鉄に乗って立山に着き、いつもの場所でステビバをする。

8/10 曇り一時弱雨 ~入山~
8:10室堂ターミナル~9:57雷鳥沢登り始め~12:18別山乗越~13:20剣沢キャンプ場~17:15真砂沢ロッジ(BC)

 立山ケーブルカー・立山高原バスに乗り、室堂ターミナルに到着する。登山装束に着替え、貴重品等を預け、出発する。バス乗り場の重量計をお借りし、恒例の重量計測をしてみると、中澤(43kg)・石丸(36kg)・岩澤(27kg)・佐久間(25kg)という結果になる。中澤の43kgに一同騒然となるが、理由はテン場について判明する。
 雨にぬれた滑りやすい遊歩道に悪態をつきながらも、1時間半程度で雷鳥沢キャンプ場に到着。小休止をし、ヒィヒィ言いながら魔の雷鳥沢を登る。別山乗越は去年ほどではないが風が強くガスっていて、少し肌寒かった。その後、1時間ほどで剱沢キャンプ場に到着する。そこの駐在所で計画書を提出するついでに話を聞いてみると、例年より剱沢以外の場所では雪は残っていて、長次郎谷の上部も乗越まで残っているという情報を得た。また、梅雨が長引き、その後に台風が来たせいであまり人は来ていないそうだった。剱沢の雪渓に乗り移るときにアイゼン・ピッケル・ヘルメットを着け、簡単な緊急停止の方法や雪渓の歩き方を説明する。この辺りから佐久間はバテ始めたのか、フラフラとした足取りになっていく。佐久間を鼓舞しながら雪渓を下っていき、予定より3時間遅れで真砂沢のテン場に到着する。テン場付近の雪渓がかなりなくなっていた。テントを立てて夕飯を食って寝る。6人用テントに4人で寝たので冬場に比べると大分快適だった。

8/11 曇りのち晴れ ~雪上訓練1~
6:15BC~7:00長次郎谷出合~7:10雪上訓練~終了~15:30BC

 5時起床。1時間で出発することを目指すが、15分遅れる。うす曇りの中出発する。  長次郎付近の滑り台上のところで雪練をする。広い足場を切り、安全のためロープを張って訓練開始。まずは歩行訓練をする。石丸は人に教えられるほど基本ができていないので、岩澤に指導をお願いする。歩行訓練・滑落停止訓練・スタカットをした後、最終仕上げとして平蔵谷を登り、テン場に帰る。
 テン場に着くと、蒸し風呂状態のテントの中でニンジン4本が腐っていた。テン場付近の雪渓が後退していて埋めに行くのが面倒だったので放置していたのが拙かったようだ。(実は買い出しのときに3割引になっていたのを買ったので最初から少々腐っていたのだが)他の食糧・酒類も暖かくなっていたが、テントマットの下に置いていたのは冷えていた。この日から温まると拙い(不味い)ものは各自がテントマットやザックの下に保管するようになった。
 夜は中澤が持ってきた牌と卓(段ボール)を使ってマージャン等をして寝る。

8/12 快晴 ~雪上訓練2~
6:10BC~熊の岩下~雪上訓練開始~終了~14:00BC

 朝から雪練には勿体ないほどの快晴。とりあえずこの日の雪練場所に決めていた熊の岩下の八ツ峰側に向かう。長次郎谷は一ヶ所雪渓が割れていて途中で地上に上がらなければならないところがあった。雪練適地に着いた後足場とロープを設置する。石丸は空荷で長次郎右俣・左俣・Cフェースの偵察に行き、他3人は雪練をする。
 右俣・左俣共に前日聞いていた通り雪渓が綺麗に残っていてクレバスも割れていなかった。Cフェースの取り付きには雪渓はあまり残っておらず、土部分を通って行けた。Cフェースの偵察後に取り付きから雪練場所に戻っている時、雪練中のはずの3人が突っ立ってずっとこちらを見ていたので何か気持ち悪かった。合流後に聞いてみると「遠くを見る練習」をしていたようだ。その時はアァソウダッタンデスカと納得したが、今考えてみると「遠くを見る練習」の存在に疑問を感じる。
 合流後は4人全員で滑落停止訓練をする。皆様々な姿勢で滑るので、ロープが非常に役に立った。寒気や背骨の痛みを訴える人が出てきた頃、雪練を終了し、BCに戻ることにする。結局、下りのキックステップは石丸が一番下手だった。佐久間はサッカーをやっていたからか、体の使い方がうまく、綺麗に出来ていた。
 雪練場所から長次郎谷を下っている最中に近藤と出会う。話を聞くと、真砂沢BCに行かずそのまま長次郎谷を登ってきたらしい。中澤はそのギャンブル性にしきりに感心していた。
 テン場に着いた後は、近藤が持ちこんだ発泡酒を飲みながらマージャンをする。翌日は雨の予報だったので、夜遅くまで暇つぶし大会が開かれた。

8/13 雨 ~沈殿~

 前日の予報通り朝から雨。各自行動食を貪りながらマージャンや読書をしたり、寝たりしながら過ごす。
 結局翌日下山予定の近藤は沈殿をしに真砂沢まで来ることになってしまった。
 正午頃、雨がひとまず弱まったので、外でぐうたらしていると、井上OBと山田OBがテン場に到着。ゼリーをたくさん頂き、久しぶりのフルーツに一同歓喜する。暇なのでポップコーンを作り、酒の肴にする。

8/14 快晴 事故報告

1. 当日のメンバー
CL:石丸(2)  SL:中澤(京大ワンダーフォーゲル部4)  佐久間(1)  近藤(M2)  岩澤(5)
近藤は源治郎尾根取り付きから別行動で室堂に下山予定だった。
2. 当日の行動
3:00 起床
4:30 出発
5:00 事故発生
・当日は源治郎尾根に行く予定であった。
・隊列の順番は前から岩澤・佐久間・中澤・近藤・石丸の順。
・ナムの滝を迂回する夏道(土部分)から雪渓に乗り移るとき、中澤が足を滑らせて転倒。その時、ピッケルのスパイク部分で上顎の前歯裏の歯肉と粘膜を引っ掻くようにして傷つける。
・岩澤・佐久間はすでに雪渓に乗り移っていて、事故発生時中澤との間は15mほどだった。
・すぐに岩澤・佐久間を夏道に呼び寄せ、佐久間を夏道上の安全な場所で待機させる。
・中澤が転倒した後、近藤が様子を見に寄り、夏道に誘導する。
・口内から出血していたので石丸がガーゼを渡し、直接圧迫法によって自分で止血してもらう。頭部や四肢の受傷やショック症状は見られず、意識もはっきりしていて、自立歩行も可能な状態だった。上顎前歯(上顎中切歯?) が少し欠け、ぐらついているようだった。
5:20 移動開始(ここから石丸・近藤・中澤パーティー視点)
・ガーゼを一度換え、出血がほぼ収まったので、岩澤・佐久間にはBCに戻ってもらうように指示し、石丸・近藤・中澤で剱沢診療所に向かうことにする。順番は、石丸・中澤・近藤。無線は石丸と岩澤が持つことにして、時間を決めた上での定期交信を行った。
・中澤は移動中特に不調を訴えず、通常の速度で移動できていた。
7:00 剱沢診療所到着
・医師が不在のため、小屋の管理者と駐在所所員に診て頂く。その間、石丸・近藤は事情聴取を受ける。
・診断の結果、中澤は医師のいる室堂ターミナルまで下山することになった。岩澤・佐久間に中澤の個人装備を持ってきてもらう。この時から無線は両者とも常にオープンの状態。
・2人の到着を待つ間、中澤の様態の悪い方向への変化はなかった。
・岩澤・佐久間が到着した後上回生で今後の方針を決め、「予定していた八ツ峰下半を中止にし、それ以外は予定通りにする」と決める。中澤の下山には近藤が付き添うことになり、下山する中澤・近藤と、石丸・岩澤・佐久間で別れる。
3. 転倒現場の状況について
・雪渓の縁ということもあり氷化していたが、アイゼンがあれば簡単に移動できる程度だった。
・天候については、快晴で、ほぼ無風だった。
4. 装備について
・ヘルメット、ピッケルは装着していたが、アイゼンは付けていなかった。登山靴はほぼ新品であり、問題は見受けられなかった。
5. 直接の事故原因について
 昔からよく言われている、「雪渓に乗り移るときと雪渓から降りるときが一番危険」をやってしまった。朝早い時間帯であったため、ただでさえ固く氷化している雪渓の縁がほぼ氷のような状態であった。また、当日の行動の1ピッチ目だったので体が起きていない状況だった。前述したように、先頭グループと中澤の間に距離があって、「雪渓の縁が固い」という情報の伝達もできていなかった。個人個人が、「ピッケル・アイゼンはむき出しの刃物である。常にそれらを持っていて、自分に刺さるかもしれない。」という意識を持つべきである。

8/15 晴れ → 晴れ時々曇り ~源治郎尾根縦走~
5:05BC~6:00取付き~12:30Ⅰ峰~13:15Ⅱ峰~14:07山頂~16:08熊ノ岩~18:10 BC

 3:45起床。山田OB・井上OBからの明るくなってから出発したほうがいいとの助言で遅めに起床する。
 前日の転倒事故から、ナムの滝を迂回する夏道から雪渓に乗り移るときからアイゼンを着ける。1時間ほどで取付きに着き、アイゼンを外したり、外付けの引っかかりそうなものをザックに入れたりするなどの準備をする。この時佐久間がアイゼンのネジを紛失する。5分ほど探すも見つからずしかも予備ネジを忘れていたため、今後アイゼンがいりそうな雪渓上では、雪上歩行の上手い岩澤が佐久間にアイゼンを貸すことにする。取付きから5分ほどで最初の岩場に到着。前日丸一日晴れていたので乾いていると思っていたが、水の流れがあったので濡れていてかなり滑る。石丸が暴走して中段まで登ってしまったため、他のメンバーに登ってきてもらい、不安定な場所でビレイしてもらうことになってしまった。セカンド以下はプルージックで登る。
 10m~15mの岩が2段続いている場所は石丸と岩澤がつるべで登る。ビレイに手間取り時間がかかってしまった。3人パ-ティーで中間エイトノットでセカンドが登る場合の練習も必要だった。高度感のある簡単な岩場で佐久間が怖がっていたが、後続が何人もいる中でロープを出すか否かについてかなり迷った。ルンゼルートとの合流までは、松の枝の間を登る場所と高度感のあるリッジのような場所の大きく分けて2つがあった。ルンゼルートとの合流後は急な草付きを這い松や岩や、時には笹や雑草を頼りにして登るルートが続いた。そんなこんなでⅠ峰に到着。去年とは違って見晴らしがよく、本峰を楽にみることができた。
 Ⅰ・Ⅱのコルへは急な下り坂を各自クライムダウン等駆使して下る。Ⅱ峰へは、岩と這い松の間を登る。這い松を使えば楽に登れるだろう。Ⅱ峰への最後の登りで、簡単だが高度感がある場所でロープを出した以外はさほど難しい場所はなかった。
 小休止の後、懸垂地点へと行く。5分ほど歩くと懸垂地点に着き、ロープ回収なども手間取ることもなく無事懸垂を終了する。ここからはガレた道が続く。落石をしないように細心の注意をしながら歩くが、なにせ「浮き石がある」ではなく、「浮き石しかない」状態なのでたびたび石を落してしまう。 何個かのニセピークに心躍らせ、そのたびに打ちひしがれながらも、本峰へ到着する。Ⅰ峰頂上では晴れていたが、本峰へ着くころにはガスってしまっていた。佐久間は「5回ほど死ぬかと思った」と言いながら咽び泣いていた。
 佐久間が落ち着くのを待ち、記念撮影をし、メール送受信をした後、長次郎谷へと下る。急傾斜と浮き石で怖いところもあったが、残置ロープを頼りに下っていく。
 そして雪渓の最上部にたどり着き、アイゼンを履いて下り始める。偵察通り雪渓が上部まで残っていて特にシュルンドも発達してないようなので、炭鉱のカナリヤ役は必要なかった。密かにCLの石丸は安心する。行きの取付きで佐久間がアイゼンのネジを無くしてしまっていたので、岩澤がドタで下ることにする。岩澤は、ときどき緊急停止の姿勢をとることもあったが、華麗な足取りであった。熊ノ岩で給水兼休憩をした後すぐに出発する。途中から佐久間のザックを持ってやってテン場へと急ぐ。
 予定時間よりだいぶ遅れて真砂に着く。先に八ツ峰上半を登攀してテン場に帰還していた井上OB・山田OBが、現役組の帰りが遅いので、お米を炊いていてくださった。他にもおかずを頂いたり大変な迷惑をかけてしまった。

8/16 晴れ  ~八ツ峰Ⅵ峰Cフェース剱稜会ルート登攀~
5:10BC~7:45取付き~12:05Cフェース頂上~14:05Ⅴ・Ⅵのコル取付き~15:10 BC

 佐久間は前日の源次郎で精根尽き果ててしまったようで、今日はテントキーパーをしてもらうことにして上回生2人でテン場を出発する。Ⅴ・Ⅵのコルの取付きあたりに、ちょうどいいデポ地があったのでそこにピッケルやスノーバー等を残置して取付きに向かう。少々小便くさかったのが気になるが。取付きへの道はガレまくっていてかなり気を使う。そんなこんなで取付きへと着き、無線交信をした後、登攀を開始する。
 (1P目)
石丸トップ。岩がくびれているところを目指して左上する。ホールドが大きく、大して難しいところはなかった。ただ、ランニングビレーの支点があることにはあるのだが、サビていたので少々怖かった。1P終わりの支点も例のごとくサビていて、追加にハーケンを打つ。
 (2P目)
岩澤トップ。最初は1Pと同じようなところが続くが、最後のほうになると、砂や浮き石が目立つようになり、左手に這い松の群落を見ながら登るようになる。2P終わりの支点には新しいボルトが打ち込んであり、かなり信頼できそうだった。
 (3P目)
石丸トップ。左手のリッジに沿って左上。ホールドが大きくつかみやすいというのはこれまでと変わらないが、ところどころリスが入っていてぐらぐらする。注意しないと浮き石を掴んでしまいそうだった。岩をペシペシたたきながら慎重に登る。ザイルを目一杯出してもいいビレイ場所に着かない。逆にロープが足らなくなり、ビレイに苦労する。あせって這い松の根にビレイ点を設置していたが、セカンドが登った後落ち着いて周囲を見渡すといい感じの岩があった。焦りはやっぱりよくない。
 (4P目)
岩澤トップ。高度感あるリッジをトラバース気味に登っていく。岩はしっかりとしているが、なにせ高度感が半端ない。セカンドでも怖いかもしれない。このピッチの終わりも、岩を支点にしてビレーポイントを作る。  (5P目)
石丸トップ。短いピッチとなった。少しだけリッジに沿って上がって、後は簡単な普通の登り。途中に小さい砂地のテラスがある。ビレーポイントのCフェースの頭には綺麗なリングボルトが打ってあって安心できる。
 こんな感じで登攀終了。互いの健闘を称えあい、記念撮影をしてⅤ・Ⅵのコルへと下る。Ⅴ・Ⅵのコル手前までクライムダウンで、そこからは懸垂を一回する。目立つ所に枯れ木の根っこに残置スリングがたくさん巻かれていたが、少し探してみると生きている木にもスリングが巻かれているのを発見したので、それを懸垂支点とする。微妙に届かなかったので、「傍から見るとすごいことをしているように見える」クライムダウンをして下る。Ⅴ・Ⅵのコルの取付きに着いた後、装備を回収してテン場へと戻る。
 テン場に帰った後は、食いつぶしをしようとする。しかし3日分くらい余っていて、当然食べきれずに持ち帰ることとなる。

8/17 晴れ  ~下山~
5:00真砂沢ロッジ(BC)~7:30剣沢キャンプ場~8:30別山乗越~9:30雷鳥沢キャンプ場~10:20室堂ターミナル

 起床後、テントを畳んで、各自荷物をザックに詰めて出発。岩澤が先頭。朝から快晴で去年とは大違い。かなり快適だった。去年の詳細は08年度 夏合宿報告書を見られたし。剱沢雪渓から登山道に移るあたりで元気有り余る石丸が佐久間の共同装備を少し持つ。剱沢キャンプ場で駐在所に下山連絡をした後、別山乗越へ。快晴だが、風が強いためか少し寒い。小休止のあと、黙々と雷鳥沢を下り、1時間ほどで雷鳥沢キャンプ場に着く。キャンプ場では親子連れが意外といた。点の記効果だろうか。
 そこからは登りの連続。途中で「ファイト一発~!?」と何度も聞いてくる女性が居て、正直返答に困った。地獄谷の分岐辺りからは観光客でごった返し、1週間着たきり雀の身としては、「近くを通ってごめんなさい。臭くてごめんなさい」という気持ちで一杯だった。
全員へばりながらもなんとか室堂ターミナルに着いた後、ロッカーに預けておいた荷物を回収し、早々にバスへと乗り込む。バスの時間がぎりぎりだったのだ。
 その後、いつも通りケーブルカーと富山地鉄を乗り継いで富山へと戻る。いつもの銭湯観音の湯で汚れを落として、8番らーめんで飯を食べた後、臭くて重いザックに殺意を覚えながらJRに乗り込んだ。途中京都で溝畑が迎えに来てくれていたのにはおどろいた。いやはやありがたい。六甲道で待ち合わせておいた中澤に荷物を受け渡して、解散。2009年度の夏合宿は幕を閉じた。


総評

 今回の合宿は現在の山岳部の問題点を浮き彫りにするような山行だった。その問題点とは、山行の少なさ、部会の出席率の低さ、新人教育の不足等たくさん挙げられるが、結局は部の雰囲気の弛みに起因する。
部会について現状を述べると、今年度に入ってから週に1回やっている部会でほぼ誰か1人は欠席しているか遅刻しているという有様だった。当然その事によって、山行の計画数は減るし、協議内容に対して満足に話し合いをすることができず、技術習得のための講習もできないという結果になった。
 遅刻・欠席の理由も、「寝坊などの自己管理の無さによる単純なもの」、「勉強」、「バイト」等から、果てには「誰かに迷惑をかけないと自分が存在しているという実感がわかない」という信じられない事をいう者が出るにいたった。
 今回の山行ではこのような部風の弛みが起因するファクターが原因となり、事故を起こしてしまった。ただ命に関わるような重大な事故にならなかったのが不幸中の幸いである。
 最後に自分語りとなるが、今回初めて長期山行でリーダーを務めさせてもらったが、至らない点が多々あったと反省している。新人教育にあまりにも放任主義的であったし、夏合宿前の部会での話し合いにおいても進行が下手糞だった。もっと山行を増やして新人に山を経験させたほうがよかった。部の雰囲気が悪くなったのも自分の責任が重いと感じている。これから自分は(予定通りならば)海外遠征で部をほったらかしにする身であるので、せめて出発までの間に、海外遠征組がいなくても部が運営できるように、部の良い雰囲気を作っていきたいと思っている。

反省点

全体として

  • 他大学と交流を深めて技術等を吸収する。
  • 新人にとって夏合宿が初めてのテント生活になるのはマズかった。夏合宿前の山行が少なすぎる。
  • 途中入山は事故が起こるファクターとなり得るので、これからは途中入山の人は個人山行として計画する。
  • 食糧計画はやはり山行に行かない人には作らせないほうがよい。
  • 午後に天気が回復した場合の軽いメニューを考えておく。
  • 新人が明らかに力不足である。トレ日を作って強制的にレベルアップさせる。
  • 計画の完成が遅かった。部会への参加度が低いというのが大きな原因なので部会を週2回にする。
  • 知識・技術が不完全であり、部室での講習を強化する。
  • 食料買い出しの時点で買い出し表にあるものは変えない。


  • 個人として(上にあるもの・または似たものは省く)
    石丸
  • 雪練のとき、岩澤におんぶにだっこな状態だった。技術をより確実にする。
  • 新人教育を億劫がって新人の自主性に任せすぎた。


  • 中澤
  • 新人に対する指導
  • 技術・各計画に対する理解が不完全だった。
  • 荷物が重すぎた。


  • 岩澤
  • 引き籠ってしまった。
  • 体力不足。