2004年 木曽御嶽山・アイゼン合宿 報告書

【メンバー】
 メンバー:CL尾崎(4) SL田中(4) 食料・伊藤(1) 装備・近藤(1)

【日程】
 2004年11月26日~28日

【行程】
 中乃湯~金剛堂~覚明堂~剣ガ峰(往復)

文責: 尾崎(4)

11/25(木)
アプローチ

 六甲道に集合し、鈍行でアプローチ。しかし、なんの間違いか(田中の間違い)、事前に調べておいた電車が無いことが判明。このままでは今日中に木曽福島に着かない。金欠の四人は涙を呑んで米原から新幹線に乗る。名古屋からは再び鈍行だ。肉体労働者風東欧系二人組の隣のコンパートメントで夕食をとる。二人は松本まで(もっと先まで?)行くそうだ。「ま~つもとまであと一時間だって~」とか言って嘆く二人に別れを告げて22:30ごろ木曽福島着。
 明日の入山はタクシー代が安上がりな御岳ロープウェイからだ。接近中の低気圧にびびりながら寝る。

11/26(金) 快晴 
中乃湯6:30~8:50八合目~アイゼン装着10:30~九合目覚明堂前11:30~テント場設営開始12:00~テント場整備完了13:30~雪練習・剣ガ峰ピストン~テントに入る15:00

 予約していたタクシーに乗って出発。樹林の間から白い御嶽山が見える。中乃湯までは入れないとタクシー会社に聞いていたが、スキー場まで行くと運転手さんが「入れるよ」というので入ってもらう。雲一つ無い快晴だ。準備を整えて入山。雪が全く見えないので夏道沿いに歩く。脇に張った氷や霜柱が懐かしい。神戸での生活では見られない。
 夏のコースタイムで金剛堂着。その後雪が出始め、夏道が尾根上に戻ったあたりでヘルメット、ピッケル、アイゼン、スパッツを装着。伊藤の格好が滑稽だ。本当に滑稽なので、機会があればぜひ写真を見て欲しい。10:00ごろからすごい勢いで、御嶽山の向こうから筆で引いたような雲が頭上に広がり始める。悪天の兆候だ兆候だ、と尾崎がうるさく騒ぐので田中が一喝する。
 急斜面に入って、岩まじりの雪面をアイゼンをきかせて登ってゆく。あれよあれよと言う間に九合目覚明堂着。ここで休憩をはさむ。と、気づけば風も弱いみたいだし、比較的平坦で、ここは良さげなテント場だ。前線の通過と、その後の強烈な冬型にビビリまくっていた尾崎、田中はすぐにテントを張ることを考える。しかしそこはそれ、計画をあっさり変えることには抵抗を覚える。二の池まで様子を見に行ってみて、もっとよさげなテント場があれば二の池にテントを張ることにして、出発。本館まで見えるところまで行く。が、風も強いし、平らじゃないので、すぐに覚明堂まで戻ってテントを張ることにする。頭上からの落石が少し怖いが、テントが鳥居や像のかげになるように設営。強風を予期していたので、今までになく頑丈に、丁寧に作業を進める。休憩を2人交代ですませつつ、防風壁もしっかりと構築。
 時間が余ったので、アイゼン歩行の雪練をしながら剣ガ峰へ。遠望する富士山の巨大さが印象的だった。
 16:00の天気図によれば、日本海を進む低気圧が伴っている寒冷前線は、午前零時ごろ通過するだろうと予想。
 夕食に使用された豚肉ペミカンは、塩が効きすぎて塩辛かった。雑品として持参したスポンジはほとんど水を吸わず、役に立たない。
 風が強くなり始め、22:30ごろよりはっきりと降雪が始まる。風もどんどん強くなる。テントが雪で圧迫されているのがわかる。気になりつつも、尾崎、伊藤はしっかりと熟睡に突入。

11/27(土) 強風、ガス その後強風、快晴
起床5:30~雪練突入10:00~帰幕15:30

 5:30起床する。風は少し弱まっていた。端に寝ていた田中、近藤は寝不足である。寝床の状態がよろしくない近藤は肘の痛みを訴えるので湿布を貼る。外は視界が効かず、風も相変わらず強い。急いでも仕方ないので、テント周囲の雪かきや、埋もれかけの装備を掘り出しながら朝食など準備する。ここで、尾崎が携帯してきたスノーバーが一本見あたらない。あちこち探すが、見つからず。ショック。朝食後、テント内で酒を飲みながらごろごろする。前線通過後は寒くなるだろうと考えていたが、テント内にいる限りあまり寒くない。
 9:10の天気図をとる。なかなか迫力のある天気図である。低気圧は北海道付近まで行ってしまったようだ。大陸の高気圧が強烈だ。秋田では強風で新幹線が止まったという。夏の田沢湖駅や雫石駅を思い出す。このころからどんどん明るくなり、伊藤が外をのぞいてみると、いつのまにやら快晴だ。急いで外に飛び出す。相変わらず風は強いが、雪練に出発。
 テンションも上がり、雄叫びと共にやる気満々で出発した四人はしかし、30m進んだところで猛烈な風にぶつかる。わずかしか離れていないテント場からは想像もつかない強さだ。歩くにも岩陰から岩陰へ耐風姿勢の連続となり、これはもう『プライベートライアン』状態である。これだけ強いのは一年生時の南ア以来である。稜線から離れるといくらか風は弱まるが、それでも雪練にならないので引き返すことにする。あっという間に戻ってきて、テント前で一息つく。
 風が弱まるまで、覚明堂・石室山荘間の斜面で雪練することにする。斜面を縦横に歩いてアイゼン歩行を確認し、つづいてスタンディングアックスビレイの練習を一年生も交えて行う。途中、近藤が目の痛みを訴えるので、不安な部室ゴーグルを外させて尾崎のサングラスを貸す。滑落停止の訓練も行うが、適当な斜面が無く、スピードのつかない練習になった。単独行の人が頂上を往復してきて、数人のパーティが上がってきて覚明堂の脇にテントを張っていた。
 15:00ごろに一通りのメニューを終え、テントに戻る。近藤のリクエストに応え、尾崎と近藤は二ノ池をピストンしてくる。風は弱まっていたが、体を斜めに倒しても浮いてくるほどで、おもしろい。
 夜は麻婆春雨や甘酒、生姜湯を食す。途中で鍋底の氷が溶けて垂れたせいでEPIが不調になる。横から火が出たりして怖い。ティッシュで水気をとってやるとなおった。尾崎の持ってきた日本酒はいまいち売れない。満月が出ていた。伊藤の「炎の戦士」、近藤の「金色の…」などの話を聞かせてもらって大いに笑う。

11/28(日)快晴 風は前日より弱し。
起床5:00~下山開始7:00~中乃湯8:50

 テント撤収2時間を目標に進め、起床からちょうど2時間で準備が完了。テントをどかすと下からスノーバーが出てくる。設営の時に紛れ込ませてしまったらしい。もと来た夏道沿いに下山し、あっという間に中ノ湯着。
 田中のせいで尾崎は木曽福島で電車を乗り過ごす。次の普通電車は2時間後。早く帰りたい尾崎は田中に特急料金を払わせることにして、名古屋まで快適に過ごし、無事全員合流。

反省点 

尾崎
・体長調整不足
・雪練中にスノーバーを落とした。効きを確かめてみようと引っ張ったら、スポッと抜けて…。回収できたとは言え、不用意だった。

田中
・体力不足 粘り不足

伊藤
・クッキーがつぶれた。粉々になった。つぶれないたべやすい行動食必要。
・天気図をとる練習必要
・アイゼンで外張りを踏まない
・体力は問題なし
・テント生活は問題なし

近藤
・あれ以上何かあったら行動食が足りなかった もっと買うべき
・サングラスとゴーグルをもっとちゃんとしたものが必要
・天気図をとる練習必要
・初日せまくて寝づらかった 寝床の工夫を→場所交代する、テント設営の際に底を平らにしておく
・体力は問題なし
・テント生活は問題なし                                 

【全体を通して】
・日程はやはり足りぐるしかったが、今回はメンバーの都合でしかたない
・テント場の選択と防風壁はよかった
・装備の管理の問題 
 1.尾崎がスノーバーをなくし、後にテントの下から発見→数量を確認、一カ所にまとめる
 2.二日目の朝、テントの周囲に分散していた各自装備が雪に埋もれかけていた→これも一カ所にまとめた方がなくす危険が低い
 3.V4天井ポールが夜間に抜けて、テントの外に落ちていた。風に押されるせいか?→別売りのポールを両端につけ、カバーする
 4.帰って見てみると外張りが縫い目から破れていた→傷みと風のせいか?要修理
 5.EPI本体の” REVO”が従来の部室EPIに比べて、水に対して脆弱。
   炎が出るメッシュ状の先端部分は、水滴がついて濡れるとガスが出なくなる→濡らさないように注意。
   雪の付着、テント本体の濡れ、凍った鍋底など要注意。
 6.スポンジが水を吸いづらくて鍋を拭いたりするのに支障をきたした→ぞうきんの方がまし