2004年 雪彦山 行動記録

【日程】
 2004年11月20日

【メンバー】
 地蔵岳東稜:尾崎(4) 近藤(1)
 一般登山道:田中

文責・尾崎(4)

11/20(土)  快晴

 姫路駅発8:10の雪彦山行きのバスに乗っていざ出発。夢前川沿いは霧が濃い。気がついたときには携帯電話の電波は届かず。またもや登山本部に連絡抜きで入山。
 9:00ごろ雪彦山バス停に到着。正面に洞ヶ岳がニョキっとはえている。キャンプ場の分岐で表登山道へ入っていく田中と別れ、尾崎と近藤は裏登山道沿いに進む。

 道がいよいよ沢から出て行く手前でこれだ!と思われる沢があったので、迷うことなく突入。しかし、どんどん沢の傾斜が増し、ほとんど高巻き状態になる。ひいこらよじり上がって振り向くと、谷の向こうに広いスラブが…。どうも間違って地蔵沢(?)に入ってしまったらしい。近藤に謝ってから、急斜面を転げ落ちながら戻る。途中で近藤が水に落ちる。
 ようやっと登山道に出会って、もときた道を引き返す。最初に沢が道を横切る当たりまで戻るが、よくわからない。「なんでだ~」とか思いながら歩いていると転倒して向こうずねをしたたかに打つ。尾崎は例によって藪に突入するが、例によって敗退してくる。
 近藤と二人で資料をにらみ直し、もう少し先だと思ってまた登山道沿いに上流に戻る。
 結局、最初に突入した沢より数十メートル手前右岸に踏み跡と赤テープ発見。それにそって進んでいくと、やっと水量少ない沢が出会ってきて、その左岸を進む。右下には先ほどの地蔵沢、左手には不行沢を見ながら中間の尾根上を進むような感じだ。そのうちに斜面がきつくなってきて、頭上にチョックストーンが見える。凹角があるはずと思うが、見あたらないので、チョックストーンを上がってみる。よく見ればそれはチョックストーンではなく、巨大なチョックウッドだった。とすれば、これが凹角か?
 その凹角をずりあがる。苔むしていて、濡れ濡れで、急斜面で、手がかりもぱっとしない。と、岩にはりついた近藤が滑落。幸いにも転がる倒木に引っかかって助かる。その直後、尾崎が落石し、近藤に命中。これも痛いものだったが、幸い大事に至らず。右壁の灌木を手がかりにやっと凹角を抜け出すと、そこが取り付きのテラスだった。まだ岩にさわってもいないが、二人でほっとする。ここで10:30過ぎ。
 さあ行くぞ!取り付き11:10トップは終始尾崎

 1P目 スラブを駆け上がる。中間はほどほどにとれた。終了点は何カ所かあるうちのひとつで。
 2P目 ちょっと立ったところを越えて、緩傾斜スラブを上がって立木まで。立木の下にはボルトも。
 3P目 すこし左上してかぶった凹角の下の立木まで。2P目でもう少し上がっておけばよかった。
 4P目 出だしが怖そうだったが、登るとそうでもなかった。その上のスラブを越えて樹林帯まで。
     ここでしばらく歩く。地蔵岳の頂上が見える。よく見ると頂上に田中がいる。
 5P目 ロープが絡んで大変。どうもロープをつけたままぐるぐる回るせいのようだ。
     遭難碑を越えて、小ギャップを越えて、小ピークまで。近藤が絡みを直してくれていた。また少し歩く。
 6P目 凹角を越えてすぐ頂上に。時間が足り苦しいので右には行かず。終了13:30ごろ

 さっさと裏登山道を下る。岩よりこっちの方が怖い。途中で鹿の群れを目撃。あっという間に下ってしまってバス停に14:30着。もう田中は到着していた。13:07ごろのバスで雪彦山を去る。一日に行きと帰りの二本しかバスがないのが難点。電波が入り始めたので伊藤に下山連絡。「入山連絡うけてませんよ!」と怒られる。
 その後三人で西明石の大西宅に押し入り、ものすごいご馳走を食べさせてもらう。

 資料:関西の岩場 クライミングジャーナル(取り付きに役立った) 96,99年神大 岳人675,641等

反省会の記録
12/2部室にて