神戸大学山岳部 奥秩父縦走 報告書

【メンバー】
 尾崎・田中

【日程】
 2003年 3月 5日~11日

【主な行程】
 瑞牆山荘~富士見平~金峰山~国師岳~甲武信岳~広瀬湖

文責:尾崎

3月5日
アプローチ

夜勤明けの田中をまって、11:30六甲道から18切符で出撃。小脇には小宮さんの差し入れのリンゴ。芦屋くらいで田中は自分のカッパの襟で目をついて、しばらく痛みが引かない。かたこりがひどくて頭痛もする。さらに中津川では膝を窓枠で強打。今日の田中はぴりっとしない。
20:00くらいに韮崎について荷物を下ろすと、田中の腕時計のバックルが壊れる。なんだか今日は縁起が悪いんじゃないかと思う。駅前のイトーヨーカドーで朝ご飯と晩ご飯を買い出して、駅舎で食べる。晩ご飯は割引品の、すし、サーモンのマリネ、餃子。予約しておいたタクシーに来てもらって、瑞牆山荘に向けて発韮。
タクシーの運ちゃんによれば、2月にちょっとつもったくらいで、今年は雪がとくに少ないそうだ。増富ラジウムラインに入ると、ランニングするおじさんを見かける。増富温泉はなるほど、ちゃんとした温泉街だった。温泉を過ぎると、渓谷沿い道は曲がりくねり、暗闇の中で、木がにょきにょきはえている。本当に大きくて、のびていて、にょきにょきといった言葉がぴったりだ。電話では瑞牆山荘までタクシーで行くのは「そりゃむりだよー」とか言われたが、あっさり瑞牆山荘まで入れる。9050円。さらに、明日は曇りくらいで、天気が悪いとは聞いてないとのこと。尾崎は勝利を確信。
山荘の周りにはほとんど雪がない。ついたとたんに、しかの鳴き声と気配がする。山荘には人影が見えるが、黙ってテントをそばに張ると、「幕営禁止だから、朝には撤収して」と言われる。すいません。ふんわり落ち葉の上で暖かく寝る。月明かりがすごく明るい。

3月6日
6:00起床~7:00出発~9:00富士見平~11:10大日岩~14:00千代の吹き上げ

夜中に雪がテントを滑り降りる音が聞こえていた。
s朝起きるとあたりは一面雪が積もっていた。しんしんと降り続けている。昨日は落ち葉の上だったのに。積雪5センチから10センチ。
出発するが、2人とも体調がイマイチだ。昨日の、ラー油が飲めるくらいたっぷりかかった餃子のせいかもしれない。苦しみながらも、とにかくゆっくり進む。
うんちをしてから調子が回復し始めた尾崎。新雪がついているので、下の氷結した道がわかりにくい。二人ともなんどか氷で滑るが、尾崎が派手にひっくりこけたのを契機に、アイゼンをはく。瑞籬山が見え、また踏み跡の全くないうっそうとした樹林帯は非常にきれい。なんだか、どの木もこの木もでかくて、転がってる岩もでかいし、いい雰囲気だ。田中は感動で胸がぶるぶる震えているそうだ。どんどん空が晴れてくる。
そうこうしていると、富士見平小屋の手前で犬と一緒のご夫婦に追いつかれる。この犬がどれだけ可愛かったかは述べない。小屋の前で、この犬(ジジ)と記念撮影させてもらう。ジジ(ジロラモ)はすごく不安そうな顔で、尾崎に首輪をつかまれていた。
尾崎は行動食のカールがあんまりおいしいので、気をつけないと2日目3日目のぶんもどんどん食べ尽くしそうになる。さすがスナック菓子はすごい。
瑞牆山にむかうジロラモたちと分かれて、縦八丁を登るが、道自体はそれほど急ではない。だんなさんの話によれば、15:00くらいから天気が崩れるらしいとのこと。大日小屋は、地形図よりちょっと下の方のような気がする。小屋には大日だけに、日章旗がかかっていた。ひらけた小屋周辺からは、巨大な大日岩が頭上に見えていた。雪がまたちらついて、風が吹き始めた中、大日岩へ岩の間を急登する。
大日岩前はたしかにベンチとかもあって、テントを張れそうだった。もうちょっと進むことにした。田中の調子が戻ってこないので、共同装備をすこし尾崎が持つ。樹林であまり視界がない中、だらだら登る。
地形図をあんまり見ていなかったので、あそこは砂払いの頭だろうと思っていたところが、すでに千代の吹き上げだった。その上は樹林が切れて、頂上の方が見えていた。後ろを見ると、砂払いの頭や、大日岩、小川山がはっきり見えた。もう砂払いの頭で登山道は樹林が切れると思っていた尾崎はショック。
今日はけっこう進んできたので、千代の吹き上げの少し下で、幕営。樹林の中なので風はない。田中は昼寝する。その間に尾崎は水を作って、スコッチをごくごくとやる。入山連絡を忘れていたのでしようとしたが、圏外であった。

3月7日
6:40出発~8:08金峰山~8:40わかん履く~9:00発~10:40鉄山・朝日岳コル~11:40朝日岳直下~13:25朝日峠~14:50大弛小屋

朝起きて、入口から外を見ると、月が明るかった。田中はあまりラーメンを食べられなかったので、種とかを食べる。リンゴも冷たいが、ふたりで少し食べる。
今日は最初からアイゼンをはいてすすむ。稜線はひくく雲がたれこめて暗いが、視界はよいし、雪も降っていない。岩や灌木の間を進む。山梨側が切れていて、岩いわして高度感がある。雪はけっこう吹き飛んでいる。空もどんどん晴れてきて良い感じだ。よたよたすすんで五丈岩へ。この先かと思って、回り込んだら、それが五丈岩だった。あれま。ゆっくり休憩。小川山の裾の岩がたくさんみえる。岩トレがしたくなる。
鉄山に向けて下降して樹林帯にはいると、いきなり腰まではまりこむ。アイゼンをわかんに履き替えて、夏道をさぐる。ひざしたラッセル。夏道はすぐに見つかる。樹林が濃いので切り開かれた夏道沿いに進む。
田中の調子が今日もいまいちなので、休憩しつつ進む。
朝日岳の登りは最後が急登で、岩の上に新雪が乗っていて、わかんからアイゼンに履き替えて登る。山頂からは再びわかんをはく。だらだらとした下りを登ったり、下りたり、ピークを巻いたりしながら膝~膝上ラッセルで進む。トップは終始尾崎。
大弛小屋には、山梨側からの車道沿いに踏み跡が来ていた。小屋は開放されていて、水場に水も流れていた。今日はここで泊まることにする。宿泊代に2000円をおいてほしいとのことだったが、出世払いで勘弁してもらうことにする。
 田中は疲れがひどいので、すぐにシュラフに入る。指をのどにつっこんで、たまったガスをげっぷしたり、おう吐したりする。どんどん寒くなってくるので、小屋の中にテントを張って、中で寝る。今日、田中はしんどくて結局ご飯を食べれなかった。尾崎が二人分食べる。ほんとに寒くなってきたのでさっさと尾崎も寝る。

3月8日
9:00出発~12:00国師12:30~14:20P2456

今日は田中のこともあるし、のんびり起きる。寒いが、すごく良い天気だ。田中も元気をすこし取り戻しているようなので、共同装備をまたいくつか尾崎が持って、国師岳を越えることを目指して出発。
急登を桟橋の上をラッセルしながらゆっくり進む。雪がついた木が非常にきれい。前国師から先は、ラッセルも深くなりがちで、時間ばかり食う。10メートル単位くらいで、お腹くらいのラッセルにたびたび没しながらも、おおむね膝ラッセルで国師到着。八ヶ岳、南アルプスが全部、中央アルプス、北アルプスが北から南まで、浅間山、富士山とかが鮮明に、全部見える。奥多摩の方向も見えている。感動。
ももくらいのラッセルに、なかなかスピードが上がらず、いらいらしながらも田中の調子も悪くなってきたので、P2456で幕営。今日は田中にもちょっとラッセルしてもらった。今日はサブのおこわを食べる。田中もご飯を食べれてよかった。
富士山がよく見える良いテンバだった。最近の夜のお供はMBSラジオ、954キロヘルツ。

3月9日
6:00出発~11:30両門の頭12:30~15:00幕営

晴れ、たまに曇り。今日は甲武信岳までいくつもりで頑張る。田中には8時間歩けるペースで歩いてもらう。
1ピッチ目から忘我の境地。汗だくのびっしょびしょになる。ももくらいに埋まる急降下をして、なるくなって膝上くらいで、ラッセルラッセル突き進む。出発3時間くらいでラッセルがましになってきた。膝以下だ。土が出ているところもある。斜面によって積雪が違う。
二人で怒鳴りあい、歌いながらゆく。今日は非常に賑やかだ。
11:30から両門の頭手前の休憩では、田中が食欲が無く、紅茶ものどを通らないようなので、湯を沸かしてスープをつくってのんびり休む。風がけっこうあるので寒い。日なたで休む。
両門の頭はすっぱり切れていて、なんか堡塁のテラスにいるような錯覚を覚える。甲武信岳もよく見える。
富士見の登りで、再び積雪が増してきて苦労する。田中はスープ休憩で元気が回復したみたいだ。富士見で、尾崎もなんだかお腹がはってしんどくなってくる。まるでベイビーがやどったようだ。げっぷ。
富士見から雪の中を転げるようにして下りる。下りきったなるいところでテントを張ることにする。やれやれって感じがする。田中ご飯食べれず。げっぷに苦しむ。

3月10日
7:00出発~8:30水師~12:00甲武信岳13:00~14:30笹平

のどが渇いて目覚めた深夜の話し合いで、今日は笹平避難小屋、明日は雁坂峠、つぎは雁峠、そして翌日下山、のつもりで歩くことにする。1日5~6時間だけ歩くつもり。調子が戻ってきて、雪も少なくなっていくようならもっと進みたい。田中は朝ご飯のラーメンがあまり食べられていない。
田中は夏道のまんなかでキジをうってくる。なんてやつだ。雪が溶けたときどんなことになると思う。
水師の登りは急。膝ラッセルを交代しながら進む。行動食も余り食べず、摂取カロリーが極端に少ないはずの田中はなぜか今日元気だ。
昨日から、92年くらいの神大の記録が「が~~~~~っ」とか「だ~~~~~っ」とかいう表現ばかりなのが理解できるような気がする。水師山頂で休憩。天気が良い。戦意を喪失して、なんだか長いことぼーっとする。
千曲川源流部までは倒木だらけ。甲武信岳の登りは信じられんくらい急なところもある。いやいや、信じられなくはないが、うっとうしいことこの上なし。尾崎が共同装備、食料を持っている。視界が開けて尾根が立ってくる。
最後に岩の露出した急斜面をわかんをはずして登ると甲武信岳の看板が見えてきて、頂上着。入山以来初めてのトレースがある。いい天気だ。再びのんびり休む。
ちょっとキジうちでも、と思って尾崎がしゃがんでいると突然おじさんがひょっこり登場。話によれば千曲川源流くらいから僕らのトレースに合流していたらしい。誰か来てると思っていたら、誰も歩いていないので苦労したといっていた。山はこのあいだの夏から始めたらしい。ゆっくりおじさんと話し込んでしまう。
おじさんに別れを告げて、トレースをたどって甲武信岳小屋へ。トレース上はぜんぜんしまっていてすごく歩きやすい。むしろ凍っていてアイゼンが欲しくなるところもある。いっきにやる気を取り戻す尾崎。田中は途中でアイゼンをつける。
甲武信岳小屋でまた小屋観察やトイレをしながら休憩。木賊山の登りもトレースがあって、急斜面も登りやすい。砂礫が出ている斜面もある。積雪自体も少し減ったような気がする。
木賊山頂で太鼓のような腹をしたおじさんとも出会う。山なれた感じで、今日は甲武信岳小屋の冬季小屋に泊まるつもりだと言っていた。
徳ちゃん新道への分岐を過ぎると、トレースがまた無くなり、わかんをつける。ひざラッセルをつづけて、笹平へと下る。眼下には広瀬湖が見える。破風山や雁坂嶺も見える。
笹平は笹が見えるくらい雪が少なくなっていた。鹿の足跡とうんちをはじめに、動物の痕跡がたくさんある。木の皮が鹿に食われてべろべろにはがされていた。尾崎は水場に行こうとしてみたが、急斜面の笹地で、雪もついていたので怖くてやめる。テントを干して、笹平非難小屋の中に入る。天井の隙間から雪が吹き込んでいたが、こじんまりしていい小屋だった。
田中の調子もよさそうだったが、湯を沸かしてコンソメを飲んだぐらいから気分が悪くなって、ふたたびげっぷとおう吐に苦しみだす。晩ご飯のトマトリゾットはほとんど尾崎が食べる。
今日は時間的にもあまり歩いていないが、毎日こんなにしんどくなるようでは続けても意味がない。ので、明日徳ちゃん新道のほうから広瀬湖へエスケープ下山することにする。
 小屋の中にテントを張って寝る。

3月11日
7:00出発~9:00分岐~12:30広瀬湖

ガスってあんまり天気のよくないなか下山開始。わかんはつけない。
尾崎はこのところの大食がたたってお腹の調子が悪い。田中も昨日、おとついと比べても歩き方がかなりふらついている。こまめに休憩して、ポリタンの水を飲みながら進む。ぱらぱらの枝から落ちてくる雪片がこの間の石鎚と同じらしい。
分岐から下りにかかって少しすると、凍ったところも増えてきたので田中アイゼンをつける。しばらくして尾崎もアイゼンをつける。急傾斜をどんどん下るが、なかなか高度が下がっていかないような気がする。暑い。アイゼンだんごも2歩で巨大化。
「ずるべちゃ(田中談)」の泥道になってきたのでアイゼンを外す。しかし、それでも凍ったところがたびたび出てきてよたよた進む。
やっと徳ちゃん新道に入るが、いきなりの急降下で、岩と松、そして切れ落ちている。足がしんどい~、あつい~。
途中の狭い尾根で、たこのような根っこをした松の巨木が岩の上で3本くらい絡み合っていた。巨木で、本当に松っぽくない。東北のような多雪地帯では、植生の更新は倒木上などで進むということらしいが、それと似ているのかもしれない。それらもたこのような足になっている。
鹿のうんちが多いなーとか、足跡が多いなーとか思っていると、鹿の鳴き声がした。かん高く、警戒しているみたいだった。そのうち、一瞬みちを横切る影が見え、ざざーっという音が聞こえる。たぶん鹿だろう。田中が屋久島に行ったときの鹿体験などを聞く。
栗の木もないところで、栗のイガが大量に落ちていて、不思議に思う。ちょっと人里からは離れすぎている。
やっと休業中の西沢山荘の前に飛び出す。互いにご苦労さんをいいながら、西沢渓谷入り口バス停へ林道を歩いていく。雁坂トンネルへの高架道を車が何台も走っていく。


以下、ポスト下山話。

旅館や売店が全部閉まっているので、西沢渓谷蒟蒻館に入る。客は自分たちだけだった。みそこんにゃくとか色々食べて、ビールで乾杯。おみやげも買う。壁には、店をやっている向山さんの娘さんかと思われる向山紀子さんの毛筆の掛け軸がいくつもかかっていた。小学生とは思えない迫力だった。「少年老い易く学成り難し」こんにゃくデザートとかも貰って帰る。
バスに乗っていると蒟蒻館の隣に道の駅があって、なんと営業中だった。たくさん車が止まっていた。でも蒟蒻もおいしかった。
塩山駅で警察署にも下山連絡すると、秩父警察署の山岳警備隊に「なぁ~んだ、期待してたのにエスケープしちゃったの?」と言われる。
下山してから突然絶好調になった田中と、ますますお腹の調子が悪くなっていく尾崎は、駅から徒歩10分の塩山温泉郷へ行く。唯一の公衆浴場のある宏池荘へいく。塩ノ山の麓のこの温泉が開かれたのは平安時代。風呂場にかかっている認定証も大正時代のもの。300円。白くぬるぬるのいいお湯だった。
帰りはぶらぶらしながら食べ物屋を探す。まんじゅうとかコロッケとか買い食いしながら帰る。夕暮れ時の田舎町塩山は良い感じに見えた。みつけた豚カツ屋に入って、おいしいトンカツを食べる。
駅の待合室で寝ようと思っていたが、以前に登山者が場所争いで喧嘩をしたことがあるそうで、深夜は鍵がかかってしまった。
酎ハイを飲んで寝る。尾崎はお腹がはってしんどかった。