神戸大学山岳部 比良山縦走報告書

【メンバー】
 L尾崎、SL田中

【日程】
 2004年 2月20日~22日

【主な行程】
 霊仙山―蓬莱山―権現山―武奈ヶ岳―蛇谷ヶ峰―朽木

文責:尾崎竜平

2月19日
アプローチのつもりが…

20日の六甲道朝イチでは和邇駅始発のバスに間に合わない、ということを発見したので、尾崎と田中は田中の演習終了後あわただしく準備をしていた。そこへ大西氏より「余裕で間に合うで」との連絡。もう一度調べ直すと、間に合うことが判明。20日に出発することにする。一気に緊張感をなくす尾崎。時刻表の読み方からレクチャーする必要があることがわかる。

2月20日(金)
六甲道~和邇~栗原(7:50)~(8:30)霊仙山登山口~(9:20)霊仙山~権現山~(13:00)小女郎峠~打見山~(14:30)木戸峠TS

和邇駅7:28のバスに乗って、栗原へ向かう。乗客は自分たちだけである。高台の栗原で降りると、学校へ行くためにバスを待つ小学生の集団がいた。バス停で準備をして、登山口へむけて車道歩きを始める。よく晴れていて、雪解け水が勢いよく流れている。途中、妙道会聖地のカーキ色の巨大建築を眺めつつ、登山口につく。計画書をポストに入れて、NTT電波塔の前から登山道に入る。
登山道は雪が無く、またあまり踏まれていない感じがする。日陰や谷には雪がある。人気なし。杉林の中を急登。霊仙山頂上は樹林の中だが、権現山やホッケ山のほうが見える。雪が残っている。ここで休憩。
だ~っと雪の中を膝くらいに埋まりつつ下って、権現山に向けてが~っと急登。ここらの道にはところどころ雪があるが、せいぜいはまっても膝下。夏道沿いに進む。途中で一回休憩。尾崎はあんまり軽いので、殊勝にも田中の共同装備と食糧をいくつかいただく。田中嫌がる。暑いので冬用下着だけになる。ここ数日は下界でも非常に暖かい日々が続いていた。土曜くらいまではこの天気が続くそうだ。
どろどろの道というか溝をあがっていって、笹地になってきたな~と思ったら、権現山頂上。快晴の頂上からはびわ湖や比叡山のほうが見える。かなりもやがかかっていて、遠くが見えづらい。空に横線を引いたように、低い方はまっしろにぼやけて、高い方は真っ青。水蒸気が多いと見た。
いつの間にか後ろに、おねーさん(おばさん?)が追いついてきている。全然気がつかなかった。この人はスパッツをつけていなかったので、ここから先は雪が靴に入って大変そうだった。
権現山頂上からいっきに雪が増える。樹林も開けて疎林。しばらく前の踏み後が、平やホッケ山の方へのこっている。足首か膝くらいのザクザク雪を踏み分けて平坦に進む。ホッケ山の登りをコンパスを合わせて、樹林の合間を進むが、そのうちハッとして右へ5メートルほど行くと、溝状の夏道に転げ落ちる。おかげで雪を進むのが急に楽になる。夏道沿いは水が流れまくって、春を感じる。笹に囲まれながら進んでいくとホッケ山。
休憩しながら進んで、わかんなどでフル装備のおじさんとすれ違って、小女郎峠着。下から別のおじさんが上がってきて、「雪があって、まだ春じゃないですね」とか言いながら南へ向かっていった。キジうちに行ったり、行動食を食べたりしてまったりする。
まだ時間に余裕があるので、蓬莱山、打見山へ向けて歩く。踏み跡が多いし、視界も開けているので迷うことなく、蓬莱山へ。スキーヤーやリフトが見えている。蓬莱山へ上がると、多くのスキーヤーが、無視や奇異の目で歓迎してくれた。
恥じらいを越えて、スキー場を駆け下る。どりゃー。途中にあるブランコで記念撮影してから、打見山へと登る。頭くらいの高さのリフトの横をひいこら登っていると、リフトにのった男の子から尾崎は「がんばって」と言われる。
武奈ヶ岳も見えたような気がする。
打見山から木戸峠へ上級者コースを下っていく。木戸峠近くには夏のキャンプ場の炊事場などがあって、水がチョロチャロ流れている。ここから50メートルの木戸峠は暗いし狭いので、ここに戻ってテントを張る。今日の行動は余裕だったと思った。田中も至極調子良さそうだった。明日は5:00出発のつもりにする。
夜中もスキー場のあかりが明るかった。

2月21日(土)
(3:30)起床~出発(5:00)~(7:00)葛川越~(10:00)堂満岳巻き道(10:10)~(11:00)ロープウェイ山上駅(11:30)~(12:20)イブルキのコバ~(13:20)武奈ヶ岳(13:40)~(14:00)細川越~(15:05)釣瓶岳TS

まだ暗い5:00に出発。ほんとに暗いので二人でルートファインディングに苦労する。地図とコンパスと地形とをにらみながら、時々出てくる赤旗や踏み跡にも助けられつつ、比良岳に登る頃には明るくなってくる。暑くなってきたので脱ぐ。雪は足首から膝くらいである。くだりは膝である。
今日も快晴。烏谷山への登りは急で、前半後半の二回が急である。垂れ下がる枝、笹、藪に阻まれながら登る。夏道の溝をまともに行くと、胸くらいの雪が出てくることもあるので、外に出たりもする。突然足まわりが全部陥没して笹の中に落っこちる。それでも言ってる間に頂上に着く。
以降田中にもトップを交代してもらいながら進む。
正面の堂満岳が大きい。アップダウンをくりかえしながら、ばっさばっさ下っていくと南比良峠に着く。堂満岳は直登する予定だったが、正面の斜面には雪がほとんど無いし、そもそも道自体無くて面倒なので、巻き道が明瞭だったので巻くことにする。
ゴキゲンでずんずん進んでいくと、平坦な道が消えて突然現れたのが雪の急斜面。直線15メートルほどの距離で、下がナルくなっているが、急である。「とりあえずいってみよか」とか言いながらピッケル差し差し、木をつかみながら進む。突然木の下とかの空洞に落ち込むのでバランスをとりながら進む。再出現した夏道に合流して一息つく。気づかなかったが、夏道は木道で、上の方を巻いていたらしい。
判断が甘かった。これからこんな斜面がどんどん出てくるなら、尾根に登って稜線を進むことにする。
途中で休憩して、尾崎が先の方を見に行くと、どんどんなるくなって、稜線へ進む登山者も見えた。今日はじめの人影。金糞峠はザレが出ていて、おじさんおばさんがたむろしていた。ここに幕営のハズだったが、当然ながら時間が早いので先へ進む。
稜線を進んでいくと、アイゼンをつけてヤッケを着た完全装備のおねえさんお兄さんとすれ違ったり、汗だくの暑そうな田中を見て「あら暑そう」と声を上げるおばさん軍団とすれ違う。とにかく人が急に増える。ラッセルゼロになる。スノーシューの人も何人も見る。足跡は前に何回か見たことがある。スノーシュー軍団がぞろぞろやってくるが、先頭はモンベル六甲店のメガネのお兄さんだった。これはMOCとやらである。「アトラス(スノーシューのメーカー)・スノーシュートレッキングエリア」とか書いた札がある。自然観察の人たちもいる。仲間に入れて欲しい。楽しそうだ。
とくかくいい天気。昨日よりは風があるので、涼しいが暑い。
ロープウェイの山上駅の上で初めて蛇谷ヶ峰が見える。山上駅にはスノーシュー軍団が大勢いる。先頭が出発してから、最後尾が出発するまでかなり時間がかかっていた。ここでゆったり休憩してから、スキー場へ下りていく。
スキー場を歩くのは恥ずかしい。武奈ヶ岳への登山道を探して進んでいくと、いつの間にか(なかばわかっていたが、スキー場から逃れたい気持ちもあって)イブルキのコバにつく。予定変更して、ここから尾根上を進む。とんでもなく暑い。人でいっぱいの武奈ヶ岳の山頂が木の間からのぞく。コヤマノ岳から合流点近くで、田中が靴ひもがほどけて足首がしんどくなる。奇遇にも尾崎もはずれてしんどくなる。頂上へは階段状になってしまっている。
武奈ヶ岳頂上にはゆうに50人はいた。記念撮影をしてからそそくさとくだって、休憩する。釣瓶岳や蛇谷ヶ峰も見える。細川越からも踏み跡は残っているが、ずっと出ているせっぴが気になるので、なるべく木の中を進む。踏み跡はせっぴの上を通ったりしていて怖い。
軽装のおじさんおばさんがものすごい勢いで抜かしていった。この人たちに釣瓶岳山頂で記念撮影を手伝ってもらう。
明日からの天気も気になってもう少し進むかとも思ったが、今日は長いこと歩いたのでここで幕営することにする。頂上の大木の東側斜面の陰にテントを張る。
田中はげっぷもよく出るし、昨日も今日も食欲がすごくて夕食は言うに及ばず、行動食を食べまくって「これが田中か?」といった感あり。
尾崎は前半以外は踏み跡を進む限りラッセルほぼゼロだったし、天気もいいし、気持ちよかった。沢登りがしたくなった。これから踏み跡は無くなるだろうが、早期決着を確信。天気図から、明日の昼までは確実に天気はもつと予想。
夜は星と一緒に、びわ湖の周囲や鹿ヶ瀬、安曇川の町の灯がよく見えた。沖縄の話をしてから寝る。沖縄の子供は海で遊ぶ。

2月22日(日)
(4:00)起床~出発(6:00)~(7:30)地蔵岳手前~(9:15)横谷峠~(10:00)P701~(11:00)蛇谷ヶ峰~(11:45)朽木スキー場~(13:00)朽木村バス停

尾崎は夜には、いったん町に帰ってまた山に戻ろうとする夢を見た。2泊以上する山行ではいつも見る夢だ。チベットでもみた。
6:00出発のつもりなのでゆっくり準備する。にしても尾崎の準備が遅い。明るくなる中で、せっぴに注意しながら尾崎先頭で膝下ラッセルしながら進む。視界はよくて、風が少しあるが、やはり暖かい。
地形図とコンパスが手放せない、読み応えのあるルートが続く。青布やたまに見える踏み跡もたよりにすすむ。
標高が低くなると雪が無くなって、夏道が出てくる。P701から田中トップでいってもらう。滝谷の頭を過ぎて、蛇谷ヶ峰の登りにかかると雪がまた増え始める。急になると膝以上のものになって足を取られる。雨がぱらついてくる中、田中は沈んだり、沈まなかったりするうっとうしい古い踏み跡をいかず、新(ざらめ)雪の中を突き進む。
だんだん怒り狂う田中は、踏み跡の主のおっさん(推測)に腹を立てる。途中にうんこがあったりしたが、急登にかかるとゲロまであったので、「このオヤジいい加減にしろ!」とか叫んで、田中の怒りは頂点にたっする。
蛇谷ヶ峰頂上に着くと、急に青空が広がり、天が田中の苦闘をたたえてくれる。記念撮影して喜ぶ。
下りになると急に踏み跡が大量に出てきて、楽に進む。これらの踏み跡はほとんど、てんくう温泉とかに向かっていた。スキー場へ急斜面を下っていく。途中で田中がわかんの練習をしたいというので、わかんをつける。が、尾崎のわかんのひもがいつのまにか無くなっていた。外につけていたので、木に引っかけてとれてしまったと思われる。これは危ない。田中はわかんをつけて先頭を行き、尾崎は深い雪に転げながらひとり下る。昨日もだが、ざらめ雪ですごく濡れる。
そのうちにスキー場が見えてきて、到着。スキー場は土がそこら辺で出ていて、営業していなかった。家族連れが何組か遊びに来ていた。犬がこちらに興味津々だった。
5キロだが、車道歩きはこの山行で最もつらかった。車道歩きのせいで靴ずれてしまった足を引きづりつつ、朽木へ下山。
朽木の立派なバス停で、ご飯をつくって食べてバスを待つ。いわしのへしこを近くのスーパーで買う。バスを待つ間、やってきたおジさんと話をする。このへんで最後に雪が降ったのは2月の頭。近頃はずっとそうらしい。昔は2月末や3月くらいでも降ったとか降らんとか。この間のはひどくしめった雪で、とにかく植林した木が重みでたくさん折れてしまったそうだ。植林するときはふつう、木の間が2メートル間隔らしい。枝打ちをうまくやらないと、幹が太くならず、折れやすく、折れたときも縦割れがずっと下までとどいて売り物にならなくなるそうな。木は最近ではぜんぜん儲からない。その雪以来は降ったらずっと雨だそうだ。雪の比良にくるなら2月頭までだ。ここの安曇川沿いの広い道は、おジさんの話によれば、兵隊から帰ってきた昭和20年過ぎ頃にはもう新しく造られていたらしい。以前はバス停横の役場の裏くらいを通って、上に向かっていたらしい。砂利道で、狭くて、バスが通っていた。役場の裏の道は今では舗装されている。バスが来たので乗り込んで、そこで話は終わりになった。おジさんは乗らなかった。
帰りのバスから木が折れているのがたくさん見えた。折れた木は割れ目が丸出しで明るいので、すぐわかる。まちの公衆電話は家の電話みたいだった。
風呂に入らずに帰る。神戸に来ると、天気が悪くなっていっていた。

反省点

・堂満岳を安易に巻いたこと
・トレーニングという点では、ラッセルはあまりなかったが、田中・尾崎共に体力のチェックはできた。
 田中は9時間まではじゅうぶん歩ける
・田中は今回、自分のペースを非常に保ちやすかった
・読図は十分にできた
・食糧は今回の量で十分。ただこれより長期になると、どうなるかはわからない
・尾崎がわかんのひもをなくしていた。なるべくザックの中に入れたり、ひもを隠すようにしたい
・尾崎の靴下が濡れてしまった。
 もしかしたらスパッツのかかとがラッセルしている間に上がってしまって、そこから雪が入ったことが原因かもしれない。