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2002年1月4日―8日 南アルプス縦走  (計画:北岳―塩見岳)

夜叉神峠―北岳―間ノ岳―(エスケープ)―農鳥岳―奈良田 

報告 明石 直子

メンバー L・食糧 明石OB  SL・装備 藤原3  装備 尾崎1


2002.1.2 

1月3日入山予定だったけれども、1月2日東海地方大雪予報のため、1日遅らせて1月4日入山に変更。

2002・1・3

甲府へ向けて各人、鈍行電車でアプローチ。電車は名古屋周辺地域大雪のため30分以上遅れていた。雪の降り続く名古屋駅でワカンとアイゼンを背負ってうろうろしている様は、狂気沙汰にしか見えなかったろう。関が原・米原・中津川あたりの積雪を目のあたりにし多さに不安になるが、甲府駅に着いてみると、駅周辺に雪はなかった。最終電車の車内で全員合流。

星があざやかな、甲府駅で朝を待つ。

2002.1・4 入山日 快晴―昼から吹雪 

甲府駅―タクシー―夜叉神峠 (1時間程度) 夜叉神峠(3:20)歩き沢橋(3:40)池山御池小屋

 甲府駅からタクシーで夜叉神峠へ。
夜叉神峠登山口にある黄色い箱に計画書を入れる。夜叉神トンネル入り口の金属の扉は、閉まっていた。多少うろたえるが、扉は手で開けることができた。また、トンネル内には照明があったので歩きやすかった。林道から鷲ノ住山へ入り、しばらく樹林帯を通過し、野呂川吊橋を渡る。再び、林道に出て、いくつかのトンネル(全部で3つのトンネル。そのうち2つは長くてライト無しで歩くと少し怖い。)を通過する。登山口への道すがら、下山途中の社会人登山者と、2,3すれちがう。 歩き沢橋手前の登山口から樹林帯の登りが始まる。長いのぼりである。しかし、トレースはばっちりついている。登る途中に天気は崩れる。雪と風が出てくる。 池は雪に埋もれて水平な場所になっていた。池の向こうに池山小屋が見える。先に進もうと考えていたけれども、雪が降っていたので、小屋泊まりの魅力に負けて、今日はここまで。夕方、登山者で小屋はいっぱいになる。大半が明日下山予定のようだ。夜は吹雪いていた。トタン小屋の隙間から雪が多少舞う。

1・5 吹雪

 池山小屋(6:20)ボーコン沢ノ頭―引き返して2800m付近TS

 雪は降り続いているけれども、森林限界まで進めるだけすすもうと、ビーコンを各人体につけて出発。ワカンでラッセルする。はじめのほうは、膝くらいまでだったので「楽しいなあ。雪山っていいなあ。」などと会話していたが、上に行くに従い雪は増え、所によっては太ももまでのラッセルだった。2372mピークへと出る登りは、急で、雪も多く、若干苦労した。
 樹林帯の中を藤原3・明石でトップ交代しながらラッセルし進む。森林限界をこえて、両側が開けた。雪は風のせいで斜めに降っている。ボーコン沢の頭を越えた辺りで、風が強いので、これ以上進むことをあきらめる。少し戻って、2800mあたりの吹きさらしな場所にテントを張る。(幕営地の横には、ハイマツの一部が雪に埋もれて見えていたので森林限界はこえている。)この日の晩は北風が強く、風が吹く度にテントが歪んでいた。北岳が安易に人間を近づけない存在に思えた。

1・6 快晴

 2800mTS(3:00)八本歯の頭(4:00)主稜線、吊尾根分岐点―北岳往復(0:40)―(1:05)北岳山荘

朝、テントの外に出てみると、星が輝き、澄んだ空気を通して、真っ白な北岳と間の岳が近くに見える。(主稜線上に北岳山荘も見えた。近くに思えたけど実際は。。。)富士山も大きく見える。太陽が富士山の向こう側から昇ってきて、あたりがオレンジ色に染まる。ああ、南アルプス最高。南アルプス万歳。準備しているうちに風が止んで、晴れわたった絶好の天候に恵まれる。ワカンでTSを出発。今日も、やわらかな新雪を、膝上からふとももまでのラッセルしながら、じんわりと進む。八本歯の頭への上り手前で休憩する。藤原3は、皆が休憩中に、空身でトレースを付けに真白な斜面を登っていき、ザックを取りに帰ってきた。藤原3の先行トレースのお陰で、尾崎1・明石は楽々と八本歯の頭へと至った。八本歯の頭でワカンからアイゼンにチェンジする。
固定ロープは雪で埋もれている箇所が多い。両側が切れ立っている岩稜に新雪が付いて、足元が不安定だった。数mの急な下りは、バックステップで乗り切る。尾崎1は、藤原3に上からザイル確保されて下った。ハシゴを下り八本歯のコルに出て、核心部終了。大樺沢登山道の分岐を経て、主稜線目指してラッセルする。積雪の少なそうな、岩が出ている稜線上をたどりながら高度をあげてゆき、ガレた急斜面をひと登りすると、主稜線に出た。ザックを置いて北岳アタックへ。昨日は遠い存在に思えた北岳のピークに立つ。主稜線上吊尾根分岐から北岳山荘までは主に西側に道が付いており、アイゼンで闊歩した。北岳山荘には15時45分着。2階が冬期開放されていた。金属の階段をのぼって2階の入り口から入る。今日は、間ノ岳以降塩見岳に進むか、農鳥岳のほうにエスケープするか、来た道を戻るか、決定せねばならないので、是非とも天気図をとりたい。小屋の中はラジオが入らないので、小屋の外(ラジオがよくはいる)で、明石が天気図をとる。天気図をとる間、尾崎1・藤原3には雪取りと水作りを頼んだ。天気図から明日、あさってぐらいは持つと予想した。池山吊尾根を抜け切るのに時間を要したことから、雪の量とパーテイ―のラッセル力を考えて、ここ2日間の内に塩見岳へと続く樹林帯のラッセルをこなし、また、塩見岳から三伏峠間の樹林帯ラッセルをこなすことは厳しいと判断し、無理せず、欲張らず、農鳥岳の方へエスケープすることを決定する。各人、未来の自分へ、さらなるパワーアップ、を誓う。

夜、小屋の東方向に見える甲府の町の光がまぶしかった。
風の音が強まる。小屋泊まりに感謝。

1・7 快晴・強風 のち 曇り・強風 夕方から雪

 北岳山荘(3:00)農鳥小屋(1:30)西農鳥岳(0:50)農鳥岳(1:40)2946mピークすぐ南の岩稜帯―1時間待機 大門沢下降点(2:20)右岸樹林帯入り口1850m付近ビバーク地

 北岳山荘の窓からは富士山が見えた。外は晴れている様子だが、風の音が鳴っている。小屋の外は強風が吹いていた。
 稜線上を風の吹いてくる方向に体を傾けるように歩く。耐風姿勢をとりながら、ゆっくりとしかすすめないが、風の切れ目を捜して、じんわりじんわり進む。風は強いけれども晴れているので、先の地形がよく見渡せ、ルートを誤ることはない。しかし、間の岳からの下りはピーク付近がだだっぴろく、視界が無い時は注意が必要に思われた。2813mピークは夏道通りに巻いたけれど、巻き道に入る時のトラバースは雪の付いた急な斜面を横に通過するので、降雪後は尾根通しに行かねばならないと思う。巻き道から尾根に戻り、少し登ると、農鳥小屋に到着。屋根は出ているが、小屋の入り口は雪で大方埋まっていた。稜線上は強風のため、休憩をとる場所がなかなかなかった。農鳥小屋の前でしばらく休憩する。西農鳥岳を眺める。西農鳥岳から農鳥岳間はアイゼンのトレースがついていた。西農鳥岳手前の上部の岩壁巻き道は、資料通り、右から雪壁を登った。急な登りだが、数mだった。強風以外はなにも問題なく通過。農鳥岳ピークから、輝く塩見岳と計画で行く予定だった平坦な樹林帯が、近くに見えた。塩見岳がほほえんでいるように見えた。「あなたたち、まだまだねえ。」と。くやしいので、目の前の農鳥岳のピーク標識を入れて、塩見岳へと連なる樹林帯と塩見岳を写真に収めた。
農鳥岳からしばらく岩稜帯を下ると、尾根と夏道トラバース道の分岐に着く。赤旗が夏道の斜面にうってある。「下降点」という標識も出ていたのでここからが大門沢の下りが始まるのかと一瞬勘違いするが、すぐに誤りに気づく。間違った沢を下ると、雪深く帰って来れそうもない。怖いので、忠実に稜線上を行くため、尾根へと雪面を登り返す。
尾根上を進む。2946mピークを越えたあたりの西側斜面通過中に、さっと雲が動き、いままでの強風以上の風が吹き荒れる。岩陰で待機。尾崎1には動かないように言う。藤原3は何度も動こうとしては帰ってくる。1時間あまり岩につかまり、風の切れ目を捜して待つ。風は一向に収まらないけれども、体が宙に浮きそうな稜線上へでるのは避けて、斜面を横切り進む。稜線上の岩が飛び出たピークから東寄りにハイマツと岩が混じった斜面を下っていく。下る途中で、頭上を覆っていた雲がさっと動いていくの感じる。辺りのガスが一瞬切れて、下降点の黄色い標識がちょうど目の先に見えた。2946mピークを南に少し越えて稜線上を進んでいたことがわかる。2946mピーク南東側斜面をトラバースして、広河内岳へとつながる稜線に合流する。風は収まった様子。大門沢下降点にあるベルを鳴らす。尾崎1・藤原3のメガネは強風で凍って使い物にならなくなっていた。
 大門沢を下っていく。雪が深い。ラッセルは太もも以上。日は暮れ始めたけれど、沢の雪崩が怖いので、とにもかくにも、どんどん下る。ライトをつけて歩きつづけ、小川と出合い右岸樹林帯入り口(1850m付近)でテントを張る(ビバーク)ことにする。18時だった。軟らかい雪を押し固めて設営準備をする。雪がちらちらと舞う。
 すぐ下に小川が流れているので水を汲んで、食事を作る。七草粥と雑煮だった。尾崎1は疲れからしんどそうで、食べるのに苦労していた。 夜中、明石がテントラッセルに一度だけ出る。
 風が吹くと、テントの上を雪が通過していった。 

1・8 晴れ

1850mビバーク地(0:40)大門沢小屋(3:20)発電所小屋(0:30)林道出合い(1:00)奈良田バス停

 朝、起きてあたりを見渡し、わかってはいたが、なんというところでビバークしたことか、と、皆の身の無事を感謝。ビバーク地からは、雪崩が発生したときの予想される雪の進路から少し外れているとはいえ、昨日下って来た長い急な沢を見上げることができた。大雪崩が発生していたら命はなかったろう、と、思う。
 ビバーク地から右岸樹林帯に入り、大門沢小屋に向かう。ビバーク地からもう少し頑張って歩けば、まだましな(急な沢の直下なので、出来ることなら、一日で、大門沢下降点から大門沢をぬけてしまうのが一番良いことだとは思うが。)ビバーク地が樹林帯内にあったことに気づく。
 大門沢小屋は開放されていた。畳が敷かれたきれいな小屋だった。小屋のなかで休憩させてもらう。尾崎1は軽い凍傷を右の目の下に負っていた。昨日の右(西)から吹き付ける強風にやられた。(後に写真を見て判ったが、尾崎1の右の目の下が目出帽からはみでていた。)藤原3は雨具下の両膝をラッセル中に破いたそうで、ぱかりと両膝が開いていたのをスパッツで押さえていたのだそうだ。
 小屋から一気に川へと降りる。いくつかの木の橋を渡り、樹林帯を高巻いたり小さな沢をトラバースしたり進み、そのうち、金属の吊橋が見えてきた。吊橋はひとりずつ通過。発電所小屋を経て、林道に出る。林道をだらだら1時間歩くと、奈良田の集落に着いた。奈良田バス停に荷物を置いて、町営の温泉に入りに行く。
16時台、身延駅行き最終バスに乗る。身延駅の片隅で食いつぶし大会をする。皆よく食べる。藤原3が駅前の店で買って来たお酒で宴会。大学がすでに始まっていた、ということを現役2人は友人からの連絡で知らされる。夜、空が澄み、星がきれいだった。身延駅前は人通りがなく、閑散としていた。星空のもとで素敵なステビバ。寒さが身にしみた。

早朝、始発電車内の暖かさに、ほっとする。東海道線まわりで帰ってきた。


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