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春山 中央アルプス空木岳   2001.5.3~6

メンバー CL明石5 SL藤原3 藤本2 矢崎OB


5・3 倉本駅(5:05)伊奈川本谷避難小屋
 前日の夜、全員鈍行で無人の倉本駅に到着。槍に行っていた大西から下山連絡が入る。雨が激しく降っている。待合室で寝かせてもらう。早く出発するつもりで4時に起きてみるが、雨がひどい。もう少し寝て待つ。8時頃、地元のオバチャマ方が駅にやってくる。人が良さそうな人たちで、みんながみんな話しかけてくる。にぎやかになる。木曽殿山荘を管理しているというおばちゃんから、小屋の様子を見てきて、と頼まれる。そして、伊奈川の橋が壊れていること、北沢は橋があるが増水している危険があること、伊奈川本谷避難小屋はガラスが割れて散らかっていること、この春は旅館のお客さんで山にあがった人はまだいない、との情報を教えてもらう。雨はやまない。遅かれハヤカレ、どうせ、ぬれてしまうのなら、と雨の中出発することにする。
 駅西側の車も通れる幅のある道をのぼり、すこし樹林帯の中を抜けると、再び車道に出る。郵便受けと並んで登山計画書箱が立っていた。まぎらわしい。計画書を箱に入れて、樹林帯の中を横切ると、また、車道に出る。しばらく歩くと、また、道路の横に計画書入れを発見する。コンクリートに赤い字で空木岳登山口と書かれている。その横に木の階段が数段あって、やっとのぼりらしいのぼりが、始まる。大洞清水が流れている横で休憩。雨が止み、そらが、すこし晴れてきた。空気が澄んでいる。雨上がりの心地よい瞬間である。登山道を塞ぐ、倒木や草のツルを避けながら、時には強引に、進む。一合目大久保から脇にフェンスのある登山道をのぼる。電車の音が、下から聞こえてくる。駅からだいぶ高いところまでのぼってきたと感じる。しばらく、登ると、車道に出る。車道を数mあがるとまた、2.3合目への登山口がある。3合目まで、何度か、倒木や草のツルと戦いながら登る。壊れた木の橋を渡り、白い砂の崩壊地を横切る。鎖が設けられていたが、たいした事は無い。ササの道を歩きつづけると、中八丁峠につく。峠からはササ道の下りが始まる。急な道を下ると、伊奈川に着く。橋はない。石を飛んで横切る。
 明石5は、浅い方を選んで横切るが、矢崎OBは流れのはやい所をはさんで飛び、危うく落ちかける。藤本2は,取るべきルートに迷った末、矢崎の飛んだ石から流れの速い方を飛ぶ。釣り人がひとりいた。舗装された道をあるく。金沢土場の標識から、伊奈川避難小屋の状態を調べにいくため、南側の林道を進む。道横に、杉の木に埋もれた小屋を発見。窓は無いが予想していた程悪くない。先にすすんでも、しばらくは天場が無いので、今日はここまでで、行動を打ち切る。まだ、13時半である。橋から下りて、金沢で水をくむ。矢崎は焚き火を試みるが、木がしけって、なかなか火がつかない。紙やトイレットペーパー、木の皮(よく燃える有効)、杉の葉(バチバチ言うだけ無効)などを燃やして、なんとか火を起こすことができたようだ。中華丼を食べ、明日は早く起きて長時間行動することにして、潔く寝る。

5・4 避難小屋(7:00)木曾殿山荘(2:25)第一のピーク(2:30)空木岳手前、岩直下―引き返し(0:50)木曾殿山荘
 4時出発。ライトで道を照らしながら歩く。うさぎ平まで林道を歩く。親子熊注意の看板がある。うさぎ平から、コケむした登山道を歩く。背の高めのササも出てくる。上りはたいしてなく、北沢出会いにつく。うさぎ平から北沢まで、コースタイムが2時間になっているが、1時間で着く。河原には6テンが一張り、張られていた。木のつり橋をトップの矢崎が渡ろうとするが、途中で引き返してくる。橋が傾き、怖くて渡れないようだ。休憩の後、また、昨日同様に石を飛んで横切る。
 尾根に取り付く。樹林帯の急登が始まる。雪は、部分的に残っているだけで、ほとんど無い。藤本2、藤原3は、木の枝を杖代わりに片手に持っている。お遍路さんのようだ。矢崎はストック。あえぎあえぎ登り、7合目で休憩していると、後ろから社会人男性5人組みがやってきた。テントを河原に残して、空木岳をピストンするそうだ。しばらく登ると、仙人の泉に着く。藤本2は泉に近づこうとして、雪を踏み抜き、派手にこける。岩のあいだから、ちょろちょろ流れる水は、味があって川の水よりさらにおいしい。矢崎はここでプラシューに履き替える。社会人5人組みに追い抜かれる。木に印がしてある。その上、先行するパーテイーのトレースがあり、迷うことはない。樹林帯のなかを、登りつづける。社会人5人組みと抜きつ、抜かれつ、つかず離れず進む。藤原3は遅れ気味で、元気がない。2400mの平らな場所からの数mの下りで、雪の深いところをルートにしてしまい、メンバー全員苦労する。すると、それを上から見ていた社会人パーテイーは、もう少し北の尾根上を悠々と下り、はまった雪からの脱出に疲れた私たちを横目に抜かしていった。2350mあたりで、再び、社会人5人組みに追いつく。リーダーらしきおじさんが現在地を尋ねてくる。木曽殿山荘へのトラバース地点にはまだはやいという判断のもと、私たちが先行して尾根をさらに登る。藤本2が東側の木の中にピンク色の目印を見つける。トラバースを開始する。さらに進んで新たに目印を見つけたので、夏道である確信を持つが、雪の状態はあまり良くない。足元からぼろぼろ柔らかな雪が崩れていく。木の間にハマルことしばしば。後ろから、社会人5人組みもやってきた。社会人の一人が、矢崎にトップを交代しようと、言う。社会人5人組みが先行することになる。小さな沢筋のトラバースに先行パーテイーがザイルを張る。後ろで待つ。トップの一人が渡り切る。しかし、タイムリミットが来たとのことで、リーダーが引き返すと言っている。ザイルは使ってくれていいから先にいくようにと、言ってくれる。先行パーテイーのトップのおかげでトレースがきっちりとあり、落ちる心配はまず無い。トップ明石5はザイル確保なしでトラバースする。藤本2は、ザイルを手に持ちながら、矢崎はあつかましくも社会人パーテイーから借りた道具でザイルにプルージックをして進む。(中間支店を使用していなかったため、ザイルの張り方が悪く、途中から手でザイルを掴むことも、プルージックすることも出来ませんでしたが。。。)社会人5人組みと別れ、先を進む。途中、藤原3にトップを交代する。2.3回雪崩後のある茶色い沢筋をトラバースする。一人ずつ、腰ベルトを外して進む。木曽殿山荘に13時に着く。トラバースに夏タイムの2倍1時間30分もかかった。
 雲の多い空から、晴れ間が見え、空木岳へ続く岩稜が見える。そんな時は束の間で、すぐに曇ってしまう。山荘で冬期入り口を探すが見つからない。山荘の横に小さなトタンの倉庫があり、丸太で入り口を押さえているだけなので、すこし雪をどけると、入り口の戸が動いた。小さな倉庫だが、4人くらいは余裕で寝ることができるスペースがある。藤本2疲れ気味。藤原3は、今日はここ止まりがいいとノタマウ。越百山まで縦走するには、せめて空木岳駒峰ヒュッテまでは行きたいところだ。30分の休憩ののち、先に進むことにする。アイゼンをつけ、ハイ松と岩が雪の下にある尾根を登り始める。軟らかい雪のラッセルで、足にまとわりつく。矢崎、藤本2はアイゼンに着く雪を払いながら登る。途中、大きな岩陰で休憩し、視界が数m先しかない中、先の岩を目指して登る。第一のピークから、大き目岩の間を乗り越して、先に進むと、前方に岩壁が現われる。左側(駒ヶ根側)を2級程度の岩登りを数mする。明石5は先の偵察に行くため、先を登る。しかし、岩壁の向こう側が、崖で降りれないと、わかる。駒峰ヒュッテのある尾根は直ぐそこに見えるのに、行きづまる。取りあえず、すこし岩壁の手前まで戻る。矢崎が、駒ヶ根側の沢筋を降りて巻こうと、言うが、急で雪崩の危険もあり、不可能に近いので却下。こうなったら、右側(木曽側)しかルートはないはず。藤原2が偵察に行く。ちょうどガスが晴れて、先が良く見えるようになる。明石5、矢崎は、上に茶色い植物体が見える、登れそうなルートを発見する。藤原2は直下に行き過ぎて、ルートが判らないようだ。明石5と藤原2で登ろうと、ザイルの用意をしていると、藤本2・矢崎に先に進むことを猛反対される。時間は17時30分。たしかに日暮れまでぎりぎりである。明石5は、駒ヶ根側の偵察から、先に進めるという確信に近い勘があったのだが、メンバーが長時間行動で疲れているので、ザイル確保の必要な登りは危険と判断し、先に進むことをあきらめて、(引き返すための岩の下りも危険なのだが、)木曽殿山荘まで引き返すことにする。下りでは、藤原3がアイゼンをスパッツに引っ掛けて、教科書どうり、こけた。木曾殿山荘横のちいさな倉庫で泊まらせてもらう。藤本2は、疲れて体調が悪くなる。
 明日は、アタック装備で空木岳ピストンののち、下山することにする。水分を多く取って、寝る。食後、藤本2に少し元気がもどったようだ。
 星が雲に混じって出ていた。天気は回復にむかっている。

5・5 木曽殿山荘(3:15)空木岳ピーク(1:30)木曽殿山荘(0:45)東川岳(1:15)2450m付近(0:50)2400mの平らな所と2389m木曽殿山荘へのトラバース開始地点の間の尾根上(1:40)北沢(0:50)うさぎ平(0:25)伊奈川本谷避難小屋
朝起きると藤本2は元気そうである。しかし、本人は下山に備えて、空木岳に行かないと言う。4時半に、藤本2を残し、3人で出発。昨日つけたトレースのおかげで、楽々のぼる。雲海が広がっている。その横から朝日が昇ってきている。雲海に光が届き、色を変える。幻想的である。山をやってて良かったとつくづく思う瞬間でもある。快調にとばし、昨日引き返した岩壁までやってくる。木曽側を巻き、岩とハイ松まじりの尾根直下で、ハーネスをつける。確保地点の横の岩には、うっすらと、夏ルートを示す赤い矢印があった。明石5トップで登る。途中ハイ松で中間支点をとる。岩がやわらかい雪に埋もれているので、足元の置き場がわかりにくい。できるだけ雪を払い、岩の上に足を乗せる。昨日離れてルートを確認したとおりに登り、茶色く見えていたハイ松でピッチをきる。上部ではスノーバーもデッドマンも有効であったので、明石5のセルフビレイにした。矢崎プルージック、藤原3ラストでのぼる。
 藤原3が先を偵察に進む。行けそうなので、進む。ザイル確保がいるほどではない岩の間を登り、尾根上にでると、空木岳のピークが近くにみえる。ここから、矢崎、明石5、藤原3の順に膝までのラッセルを交代でする。振り返り、自分達の付けた足跡を眺めて、まんぞく。満足感一杯で、ピークに到着。社会人単独の男の人がいた。南駒ケ岳まで行こうとしたが、雪深く、止めたそうだ。今年は、この季節に、南駒が岳に行く人はいなかったのだろう。少し意外な気がした。駒峰ヒュッテの方をみると、人が結構いた。池山尾根からのルートはトレースがばっちりついているようだ。単独行の兄ちゃんの話によると、大/小地獄はイヤラシイが、ザイルなしで登ってきたそうだ。倉本からのルートはマイナールートだったのだろうか。ピークの標識を入れて記念撮影をする。天気がよい。今回の山行目標に、中アの山を把握することが、あったことを思い出し、宝剣岳や、南駒が岳を確認する。休憩の後、引き返す。下りも行きと同じ個所でザイルを張る。藤原3トップ、矢崎プルージック、明石5ラスト。藤原、明石は行きとは違い、岩の横のハイ松帯をくだり、矢崎は登りで通った、岩をくだった。
 10時に木曾殿山荘に着く。藤本2は、昼寝に出かけていない。藤本が帰ってきてから紅茶を沸かし、藤本2が作ってくれた黒ごまプリンを皆で食べる。見た目グロテスク(色が灰色で灰汁のよう)だが、プリンだと思わず食べると、はまりそうな味。12時に木曾殿山荘を後に、出発。東川岳目指して登る。東川岳から東に伸びる尾根を下りはじめる。木の間に何度も足を取られる。1時間程、尾根上を下るが、行きのトレースに突き当たらない。2350mあたりで藤原3が東川岳から伸びるひとつ北側の尾根を間違って下っている、と言う。確かに、空木岳ピストンの時、眺めた特徴ある尾根の形が、沢筋をはさんでもう一つ南側に見える。明石5は、ルートを間違ったと認識し、南側の尾根に取り付くべく、トラバースを開始する。状況がよく飲み込めないのか、藤本2、矢崎は、動きが止まったままで、なかなかついて来ない。明石が呼ぶと、やってきた。雪がしまっており、簡単にトラバースすることが出来、正しい尾根に取り付くことができた。
 矢崎が、尾根上に黄色いテープの目印と、行きにつけたトレースを発見する。一安心する。東川岳でもうすこし注意深く正確に地図を読み取っていればまちがわなかっただろうと、反省する。後はどんどん下るのみ。北沢からうさぎ平間の平坦な何もないところで、明石5はササ野原の斜面で一回転してこける。藤原、矢崎、藤本は、猛スピードで進む。伊奈川本谷避難小屋へ6時前に到着。今日も小さなヒノキに覆われた、こじんまりとした小屋で一晩すごすことになる。(今回テントは使わなかった。)具なしクリームスパゲテイーと、矢崎提供賞味期限切れマッシュポテトを食べる。

5・6 小屋(0:30)伊奈川出会(0:40)中八丁峠(1:05)2合目下の林道(1:05)倉本駅
 なにも問題なく、どんどん下る。

 大久保から先の林床には、白いイチリン草が咲き乱れている。
 大洞清水は枯れていた。オヘビイチゴの黄色い花が斜面一面にひろがり色鮮やかである。
 サクラの花びらが林道に散らばっていた。道脇にはスイセンが咲き誇っていた。
 水田には水が張られ、苗が水田に置かれ、田植えの準備がされている。
 春は、山から降りてくると里には、真っ白な世界とちがう、のどかな世界が広がっていていいなあ、と思う。

 倉本駅から、藤原は上諏訪へ。
 明石・藤本・矢崎は中津川へ行き、地元の人に教えてもらったという看板もなにもあがっていない銭湯へ行くが、4時から営業で閉まっている。名古屋で2時から開いているという、河合塾裏手の銭湯に行く。菖蒲湯、木炭風呂を楽しむ。
 ここちよく、神戸にかえってきました。

 中ア縦走、いつか、絶対行こう、と思う。



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