トップページ


春山 南アルプス赤石岳東尾根―前岳―塩見岳縦走  

2001.4.2-7

文責 明石 

メンバー 明石直子4 小宮勇介OB


4・2 神戸―18切符―静岡駅

4・3  雨 静岡駅(3:00)畑薙ロッジ(6:15)さわら島  

 静岡駅でステビバ。次の日の朝、静岡鉄道バスで畑薙ロッジへ向かう。大井川沿いには茶畑が見える。茶の木と木のあいだに野菜が植えてある。民家の庭先にも茶の木が植えてある。さすがお茶の国と感心させられる。バスはどんどん山奥へとすすみ、畑薙ロッジ前へと着く。ここから先、さわら島までは長い長い林道歩きである。
1時間歩くと、畑薙第一ダムに着く。沼平登山指導センター前にある箱に、計画書を入れる。車両通行止めのゲートと通過しひたすら畑薙湖横を歩く。林道が崩れており、歩行用に、板が敷き詰められてある個所があった。畑薙橋を渡り、今度は大井川を右に見ながら歩く。カモシカに遭遇。じっとこっちを見て、逃げない。雨がひどくなり始める。落石のあとがおびただしい。赤石ダム近くのトンネルを通過。赤石沢が見えてきて、赤石沢橋をすぎる。しばらくのぼると、赤石東尾根への取り付き口に着く。ここでも計画書入れがあったので、計画書を入れておく。さわら島登山小屋は、一部冬期開放されていた。冬期小屋の戸は外されて、地面に倒れていた。中にはいってみると、畳敷きの快適な空間である。水は近くの河原に、鍋とポリタンを持って汲みに行く。この夜雨は降りつづけた。夜中には地震があり、小屋全体が揺れ、落石の音がどーんと響いていた。

4・4  晴れ さわら島登山小屋(12:30)赤石小屋

 早朝、雨は止んでおり、星がきれいに出ていた。小屋を後に、赤石東尾根に取り付く。登りはじめは、雪が無い。樹林帯を登り続ける。1600mあたりから雪があり、アイゼンを着ける。登山道沿いの木には、赤いペンキで印が書かれていた。雪は増え始め、いつしかひざまでのラッセルとなる。軟らかい雪のため、ワカンで登ると足元から雪が崩れて、ずり落ちる。そんな急登を繰り返す。2563mピークを前に赤石小屋を目指し、トラバースを開始する。しかし、なかなか、小屋が見えてこない。トラバースをしながら、どんどん下に行き、小屋を通過してしまったようだ。尾根を目指して、登り返す。すると、登山道を示す赤いペンキのぬられた木を発見し、尾根上の平らなところに着く。尾根上を少しのぼると、赤石小屋があった。小屋は閉まっている。仕方なく、小屋の横にテントを張る。(後でわかったことなのが、閉鎖していた小屋の下にもうひとつ小屋があったようで、そちらが冬期開放されていたのではないかと思う。)トラバースはラッセルがしんどい上に小屋(目標物)が見つけにくいので、やはり尾根通しに歩くべきだったと反省している。
真っ白な赤石岳、荒川岳が、月の光に照らされて、夜の闇に冴えていました。

4・5 赤石小屋TS(1:15)富士見平(7:30)小赤石岳(1:10)ダマシノ平

 2701mピークへの樹林帯の尾根がTSからみえている。ワカンで登る。平らな富士見平に着く。名前のとうり富士山が大きく見える。富士見平でアイゼンにチェンジするが、すぐに樹林帯で足がもぐるため、再びワカンに履き替える。樹林帯の急登。木をつかみ、崩れる足場を何度も切りなおし、登る。細いナイフエッジのような尾根が現れる。尾根上は怖いので、バックステップで赤石岳側の斜面を木や石を伝いながら、慎重に下る。ワカンでのバックステップはやり難かった。尾根は巻いて、再び尾根に戻る。明石はアイゼンに替える。小宮はワカンでのぼり、1m程滑る。軟らかい雪の下に、硬い雪があるため歩行が難しいので、アイゼンとワカンのチェンジが難しい。しばらく膝までのラッセルをすると、らくだの背が見えてくる。平らなところでハーネスを着ける。岩稜の直下でロープ確保の用意をする。セルフビレイは、スノーバーが軟雪のため役立たず、はい松で取る。小宮トップで雪と岩の混じった稜線を登る。中間支点は岩や木で取る。残置の懸垂支点があった。40mの岩のぼりとなる。そこから上は雪稜を登る。最後の岩稜を登り切ると小赤石岳に着く。感動である。握手をする。赤石岳へのピストンは諦め、大聖寺平めざして、稜線歩きをする。右がわにはせっぴが張り出しているのが赤石東尾根から見えていたので、気をつける。いままでとは打って変わって、クラストした雪面が歩きやすい。岩と雪がまじって西風で凍った急斜面を、バックステップも交えながらゆっくり下ると、ダマシノ平に着く。大聖寺平は風がきついので、ダマシノ平の北側斜面で暴風壁を作り、テントを張る。

4・6快晴 TS(3:00)前岳(5:00)高山裏避難小屋(1:00)樹林帯の中TS

 TSから岩の混じった稜線を登る。朝日に富士山が照らされている。前岳上部では岩がたくさん転がっている。ルート探しをしながら、登る。左側から巻くように登り、稜線伝いにのぼると、前岳頂上へとでる。広い頂上部ではライチョウが4.5羽うろうろしている。また、渡り鳥の死骸が転がっていた。前岳頂上で念のためハーネスをつけ、前岳東側の稜線上を歩きはじめる。慎重にアイゼンをきかせながら、稜線上を歩く。2951mピークあたりで雪稜が細くなり、行きづまる。荒川カールを下り、再び樹林帯の尾根に取り付くことにする。ワカンに替えて、深い雪をラッセルしながら下る。高山裏避難小屋めざして、樹林帯をトラバースしようと考えるが、雪が深くラッセルがしんどいためあきらめて、稜線へ上り返す。稜線上の雪は腐っていた。歩きにくい。井戸沢の頭からはふたたび高山裏避難小屋が見えた。井戸沢の頭から樹林帯を下り、すこし上ると小屋に着いた。しかし、小屋は閉まっていた。北側の樹林帯を登り、樹林帯の中にテントを張る。今日の行動はここまで。天気図を取ると、日本付近をすっぽり高気圧が覆っており、当分晴れそうである。小宮OBの25歳目の誕生日を4人分のプリンで祝う。連日、長時間の行動が続いたため、早く寝ることにする。

4・7快晴 TS(2:00)板屋岳(3:20)小河内岳(1:45)烏帽子岳(0:50)三伏峠小屋

 4時半に出発。塩見岳アタックのためにも、今日は三伏峠まで行きたいところである。西の月の明かりで十分に行動できる。雪面が硬く、ワカンのツメを効かせながら歩く。とても歩きやすい。小河内岳上部で簡単な岩稜のぼりがあるだけで、他は問題なく、順調に稜線上を歩く。小河内岳山頂では、再び、富士山を望むことができた。小河内岳避難小屋は、ロッジ風のきれいな小屋だった。鉄の戸を開け2階からはいることができ、アイゼンの脱ぎ場の奥の、もうひとつ木の戸をあけると、木の階段がある。階段を降りると、一段上がって寝るスペースがあった。良い小屋である。来た記念に、小屋ノートに記帳して、小屋をあとにする。小河内岳から三伏峠にかけて、2つのピークが見える。奥が烏帽子岳である。その手前のピークに登る途中、トラバースを上気味にしていると、軟らかくなった斜面の雪がステップをすると同時に崩れ、小宮は1m程滑る。雪崩が怖い。真上にキックステップをし、さっさと尾根上にでる。
 烏帽子岳から、赤い屋根の三伏峠小屋が見えた。小屋目指して、稜線上の腐った雪を慎重に下りる。
 小屋の冬期入り口は埋まっていた。スコップで掘り出す。戸が少しあいていため、そこから雪が小屋の中に吹き込んでいた。外側だけ掘り出しても戸は動かないので、戸の内側に挟まった雪も掻きだす。なんとか開けることができた。小屋の中は雪のなかで暗いので、光を入れるため窓も掘り出す。
 夕方、単独行の男の人が小屋にやってきた。烏帽子岳を目指すそうだ。快適な小屋泊まりができました。

4・8 晴れ 

三伏峠小屋(2:50)五右衛門山(2:40)塩見岳西峰(2:10)五右衛門山(3:20)三伏峠小屋

 4時半にアタック装備で小屋を出発。今日も月明かりで明るい中を小屋から樹林帯を下る。本谷山へとつながる尾根に取り付く。右手には、烏帽子岳への尾根が近くに平行して見える。朝のうちはやはり雪面がかたく、歩きやすい。五右衛門山まで、たいしたラッセルもなく到着。
 五右衛門山からは南側にもうひとつ尾根が見える。そちらの尾根に取り付いてもいいのだが、ラッセルがたいへんな可能性もあり、尾根上に下り、南側の尾根へと膝下のラッセルで樹林帯を登り返す。尾根に登った後、ワカンからアイゼンに替える。岩を南側にまきながら登ると、平らな所にでる。塩見小屋を見つけることはできなかった。はい松と岩のまじった斜面をのぼる。だんだんと傾斜がきつくなり、岩のぼりとキックステップを交えながら高度を上げていく。ルートを選びながら緊張しながら登っていくと、傾斜が緩み、平坦になり、塩見岳西峰に着く。あたりを眺めていると、このまま、北岳やそのもっと向こうの山まで縦走したくなってくる。塩見岳からの下りはバックステップで慎重に下る。途中の岩には、残置の懸垂支点があった。帰りは、時間とともに雪面が軟らかくなり、行きではラッセルしなくてよかったところをラッセルせねばならなくなり、時間がかかる。それにしても太陽がまぶしいし、暑い。途中、ごうーという音が北の方から聞こえてきた。全層雪崩だろうか。恐ろしい。歩きに歩いて、小屋に再び到着。お疲れ様。シチューと皿うどんを食べる。

4・9 

三伏峠小屋(3:00)塩川出会い(1:00)塩川小屋(1:00)樺沢小屋(1:30)鹿塩バス停

下山日。トレースが続いていた。樹林帯をどんどん下る。塩川では、立派な角の鹿に出会う。こちらをじっとみて、急いで逃げる。が、しかし、雪の中を飛び跳ねているのですこし遅い。鹿の糞がたくさん落ちていた。塩川沿いに何度か木の橋を渡る。鹿の死骸が無造作に転がっていた。塩川小屋からの林道の上にも鹿の死骸が転がっていた。動物が生きていくことの大変さを感じる。白いコンクリートで出来た土砂止めがいくつか現れ、塩川小屋につく。 塩川小屋の前のバス停には、鹿塩村役場まで9KM、という標識があがっていた。林道を歩く。無人の樺沢小屋の前で休憩の後、塩川沿いにさらに林道を歩く。地すべり防止のために斜面に打ち込まれたコンクリートや、河のなかの魚道が目立つ。昔、平家の落ち武者が、鹿塩に隠れ住んでいた。海からの塩は手に入りにくいため塩不足で、山に塩を求めて歩いていた。疲れて、木に寄り添い寝ていると、枕もとに弘法太子が現れ、ここを堀なさいと、おっしゃる。掘ってみると、ナトリウム泉が湧き出たという話が、看板にあがっており、温泉の宿を見つける。しかし、時間帯が悪かったらしく、ちょうどお湯をぬいたところだと、宿の人に断られる。その下に2軒ほど宿屋があったが、1軒は素通りしてしまい、もう軒は閉まっていた。温泉は諦める。 鹿塩の集落にお昼に到着。3時のバスまで、休憩する。近くのおみやげ屋さんには、大豆や小豆が子袋で売られていた。このあたりの、山あいの狭い農地で作られているのだろう。梅の花が小さく咲き、いいにおいを漂わせていた。 バスは大河原経由で伊那大島駅行きに乗る。窓からは咲きかけの桜が見えた。ダムを経て、伊那大島駅に到着。駅の周りにも桜が咲いていた。駅周辺に風呂やがないことが散歩ののちわかる。飯田駅まで移動し、駅北側の銭湯に行く。木造の味のある風呂やで、風呂やのおばちゃんが親切なことにシャンプー、リンス、石鹸を貸してくれた。ありがたい。7日間の垢を落とす。 駅の片隅で、スープスパゲテイーを作り、山行が無事終了したことをシナノ鶴で乾杯。ステビバし、次の日の朝18切符で、名古屋のピザの食べ放題に行き、神戸に帰る。神戸の桜は、味わう間もなく、散っておりました。

 


 トップページ